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"デジタル先進国" 東南アジアに学ぶ変革のヒント。問われる「経営者の覚悟」|ジェネシア・ベンチャーズ 田島聡一氏
2023-2-21
デジタルの普及によって産業の垣根が低くなる中、新たな事業機会と経済価値を創出するため、これまで日本経済を牽引してきた大手企業の事業や組織に変革が求められています。大手企業が変革を進めるために必要なことは何か──そのポイントをベンチャーキャピタル(VC)のパートナーの視点から語っていただく連載「VCから見た、大手企業の変革論」。第2回はジェネシア・ベンチャーズ代表取締役/General Partnerの田島聡一さんにお話を伺いました。 田島さんは大手企業の変革には「目指す姿を明確にすること、そしてそれらを実現する経営トップの覚悟が必要になる」と言います。JVCA(日本ベンチャーキャピタル協会)の副会長及び大企業連携部会の部会長も務められている田島さんの大手企業変革論に迫っていきます。
ミッションと現状の差分。日本の大手企業が抱える課題
──田島さんから見て、日本の大手企業における課題は何だと思いますか。
さまざまな大手企業のCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)担当者と話をする中で感じるのは、多くの大手企業が自社のビジネスをどう変革していけばいいのかを描けていないということです。目指す姿と現状の差分が見えていない。そのため、どうしても打ち手がボヤけてしまうんです。
例えば、大手企業の変革に必要なことを「M&Aする」「自社でプロダクトを内製する」「スタートアップと連携する」といった3つの要素に分けたとします。目指す姿が見えていないので、結果的にどこをM&Aすればいいか分からない、どんなプロダクトを開発していいか分からない、どんなスタートアップと連携すればいいか分からないということになってしまう。この理想と現実の差分が見えていないことが、多くの大手企業における課題だと思います。
一方で、目指す姿を明確にし、そこと現実との差分を明確に把握できている企業は打ち手や対外メッセージがシャープですよね。その結果、スタートアップ側からも“選ばれる”存在になる。スタートアップにとって単なる出資者で終わるのではなく、その企業と組むことによる事業シナジーの実現に前向きになりやすいからです。そういう意味では、そのような良い循環を生み出せている大手企業とそうでない大手企業で大きな差がつき始めていると思います。
また「会社を変革していくぞ」とファイティングポーズをとっている経営陣が意外と少ないということもあります。経営陣は現場からの提案に対してジャッジするだけではなく、自分たちが率先して推進していくべきです。
過去に私が在籍していたサイバーエージェントも今では大手企業ですが、経営陣が率先して新規事業をつくりに行っています。むしろ「経営陣のミッションは企業価値の最大化であり、既存事業を育てるだけではなく、新たな事業を生み出してこそ経営陣だ」という発想です。そういう風土があると、ミドルマネジメント層を含めた組織全体の視座が上がり、会社に良い効果が生まれます。経営陣がジャッジするだけになってしまうと、誰もチャレンジしなくなる。結果的にそれが組織の停滞感につながっていくんだと思います。
──CVCの設立という観点では、政府は「オープンイノベーション促進税制」といった取り組みも展開しています。
取り組み自体は良いものですが、「オープンイノベーション促進税制があるからCVCを立ち上げなければ」という考えでCVCを立ち上げているように見えるところもあります。CVCを立ち上げる際、まずは「自社の事業を変えていくための手段として、スタートアップとの連携を目指そう。そのためには別組織で出資機能を持っていた方がいい。だからCVCを立ち上げよう」といったように、ゴールからの逆算で手段を考えるべきなのですが、手段が目的化しているところが多い印象です。
そのような場合、スタートアップ側も「この会社とは出資以上に面白い取り組みができないかもしれない」と気づきます。やはり、スタートアップは大手企業と組む際、その企業の“色”がつくことを懸念するので、色がつく以上のリターンが見込めなければ組もうと思いません。だからこそ、大手企業の経営陣はまずは目指すべき方向性を明確にすることが大事になります。
大手企業の経営陣がどれだけ変革に対してコミットできるか。また、ビジョンをきちんと掲げて組織に浸透させていくことに本気で向き合えるか。オープンイノベーション促進税制などは変革を加速させていくためのツールでしかありませんので、それをどう使うかを考えるよりも先に、経営陣が目指す姿を明確にしコミットすることが何より重要です。
デジタル化に必要なのは「ユーザーニーズに事業を最適化する」こと
──ジェネシア・ベンチャーズは東南アジアでも投資されています。日本と比較した際、デジタル化という観点ではどのような違いがあると感じていますか。
まずは環境が大きく違います。日本は既に少子高齢化が進み、労働者人口がどんどん減っていますが、東南アジアは今がまさに日本の高度経済成長期のような状態です。そして、この勢いが今後30年、40年続いていく。ここがまず日本との大きな違いです。
もうひとつは、日本のビジネスはアナログからデジタルへとシフトしていますが、東南アジアのビジネスはデジタルベースでゼロから立ち上がっているという部分です。日本はこれまでにアナログベースで多くの産業が成熟した結果、現在はDX(デジタル・トランスフォーメーション)の必要性が叫ばれていますが、東南アジアはビジネスが日本ほどしっかり立ち上がっていないので、最初からデジタルをベースにしたビジネスがどんどん生まれています。 昔は先進国と言われていた日本が今では“デジタル後進国”と言われるようになり、新興国と言われていた東南アジアが“デジタル先進国”になりつつある。この10年で大きくパラダイムシフトが起きた。そこに対する焦りを個人的には非常に強く感じています。
──日本は東南アジアから、どういったことを学んでいくべきでしょうか。
東南アジアで起こっていることは非常にシンプルです。純粋にユーザーニーズに向き合い、それに対して事業を最適化していくことをやり続けているだけです。
その姿勢は日本も見習うべきでしょう。ただ、日本の場合はこれまでに積み上げてきた膨大なアセットがあり、それがサンクコスト(すでに負担し、回収できない費用のこと)になってしまい切り捨てられずにいる。もっと言えば、ITリテラシーが異なるシルバー向け・若者向けの両方にビジネスを最適化する必要に迫られている。まさにイノベーションのジレンマに陥ってしまっているように見えます。
「ユーザーが求めているから」という理由で、今までのアセットに見切りをつけて新しい挑戦をしていく意思決定ができるかどうか。ユーザーニーズに対して純粋に向き合うことを徹底してやり続けることができる企業が最終的には勝ち残っていくと思います。
意識的に“差”を生み出すことで、経営陣の考え方を変えていく
──田島さんが考える、大手企業変革のカギは何ですか。
大手企業がスタートアップを選ぶ世界ではなく、スタートアップが大手企業を選ぶ世界、というのを意識的につくっていくことが必要だと思っています。デジタルの力を活用して世の中の課題を解決しているスタートアップの可能性に気づいている大手企業の方が、デジタル社会の現代では確実に成長し続けていける。そうなれば、日本経済に対して与えるインパクトは間違いなく大きいはずです。
すべて自社で開発しようとするのではなく、スタートアップと連携して新しい事業を創り出していく。その可能性に気がついていない大手企業に対して「気がつかないとダメですよ」と伝えるのではなく、その重要性に気づいている企業と気づいていない企業のスピード感やアウトプットの差は必然的に大きくなっていくため、その結果の啓蒙が今後はより重要になっていくのではないかと思います。
──そのためにまずやるべきことは。
経営陣が自らリスクをとって挑戦する環境をつくり出すことですね。やはりトップの考え方が変わっていかなければ、会社も変わっていきません。ボトムアップで現場の人たちが変革の必要性を言い続けてもトップの考えが変わっていかなれば、そうした声は跳ね返され続け、最終的に現場でモチベーション高く働いていた人たちは別の会社に行くようになってしまいます。そういう状態のままでは、大手企業の先行きもどんどん暗くなっていくでしょう。
トップの考え方を変えるのに必要なのは「危機感」です。そういう意味では、東南アジアは“渇き”がすごい。「今のままではいけない」という危機感や、「より豊かな暮らしをしたい」という喉の渇きをモチベーションに、インターネットの可能性をフルに活用することでどんどん成長しています。一方で、日本人は何かと満たされている環境にいるので、東南アジアと比べると“喉の渇き”が生まれにくい。
ただ、今はそうも言ってられない状況です。会社として“稼ぐ”ことも大事ですが、それ以上に「どういうことを実現したい」と思っているのか。ビジョン、ミッションの先にある“目指す姿”をきちんと経営陣が示すことができれば、会社は変わっていけるはずです。
撮影:大竹 宏明
著者について
ROUTE06では大手企業のデジタル・トランスフォーメーション及びデジタル新規事業の立ち上げを支援するためのエンタープライズ向けソフトウェアサービス及びプロフェッショナルサービスを提供しています。社内外の専門家及びリサーチャーを中心とした調査チームを組成し、デジタル関連技術や最新サービスのトレンド分析、組織変革や制度に関する論考、有識者へのインタビュー等を通して得られた知見をもとに、情報発信を行なっております。