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大手企業、変革に必要なのは「リーダーシップ・キャピタル」|Delight Ventures 南場智子氏
2023-2-3
デジタルの普及によって産業の垣根が低くなる中、新たな事業機会と経済価値を創出するため、これまで日本経済を牽引してきた大手企業の事業や組織に変革が求められています。大手企業が変革を進めるために必要なことは何か──そのポイントをベンチャーキャピタル(VC)のパートナーの視点から語っていただく連載「VCから見た、大手企業の変革論」。初回はデライト・ベンチャーズ マネージングパートナーの南場智子さんにお話を伺いました。 南場さんは大手企業の変革には「リーダーシップ・キャピタルが必要」と言います。リーダーシップ・キャピタルとは何か。また大手企業が抱える現状の課題とデジタル化のポイントとは。南場さんの大手企業変革論に迫っていきます。
分子を入れ替えることで、変化に適応していける
──南場さんから見て、日本の大手企業における課題は何だと思いますか。
日本経済の特徴は依然として伝統的大手企業が主軸であるということですが、その構造自体も大きな課題ですし、大手企業のあり方も課題が多いと感じます。まず第一に人材の流動性の低さが挙げられます。今までのやり方を否定して新しいことを始めるだけのエネルギーが足りていない。ここ数年「DX」「GX」など、トランスフォーメーションという言葉を耳にするようになりましたが、それを言っているのも同じ企業で勤め上げてきた30年戦士、40年戦士ばかりが中心になっています。トランスフォーメーションとは形を変えるという意味です。古株集団で形を変えていくのはそう簡単ではありません。
私が代表取締役会長を務めるディー・エヌ・エー(DeNA)も創業から20年強経ちますが、大きな失敗や停滞は過去と同じやり方に長居した時に起こっています。「成功している」と感じ始めた瞬間から、そのやり方を疑ってかからなければ、後々痛い目に合うんだなということが分かってきました。
企業の規模が大きくなればなるほど、現状のやり方を変える難易度は上がります。過去に事例のないことを嫌い、なるべく現状維持しようとする。これだけ変化が激しい世の中で、そのスタンスではどんどん遅れをとってしまい、最終的には取り残されてしまう。気をつけなければなりません。
大事なのは、会社のカルチャーや風土は維持しつつ、人材や事業など、組織内の分子を入れ替えることです。生物学者・福岡伸一さんの著書『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』(木楽舎)には、「生物が変化する環境に適応していけるのは、体内の分子が絶えず入れ替わっているから」とありますが、これは会社という組織にも同じことが言えると痛感しています。
時代や戦略に応じて事業のポートフォリオを組み替えたり、異なるバックグラウンドの人材を幹部に大胆に登用するなど、組織の構成要素を入れ替えることが大事になる。そうしなければ、適応がどんどん遅れ、世の中の変化に取り残されてしまいます。
政府もそれを認識して、規制改革を進めようとさまざまな取り組みを打ち立てていますが、各論はなかなか進まない。そもそも日本経済は既得権益を守る仕組みになっていて、大きな変革を起こすには、膨大なポリティカルキャピタル(政治的資本)を要してしまいます。そもそも、世の中がこれだけ変化している中で、社会・政治の仕組みが「不変」をサポートするものになっているのが、日本経済の最大の問題ではないかと思っています。
──そうした中、政府は先日「スタートアップ育成5カ年計画」を発表しました。そこには「オープンイノベーションを促進すること」も記載されています。
オープンイノベーションは、大手企業がいかにスタートアップを活用するかという視点で語られることが多いので、注意が必要だと感じています。もちろんスタートアップのためになる取り組みもありますが、現在日本経済の中軸となっている大企業たちを乗り越えるスタートアップを爆増させるという視点に切り替えることが必要です。そうでないと、日本経済の再生はかないません。分子の動的な入れ替えは、会社組織だけでなく、経済全体にも必要です。
大企業の集まりと見られている経団連もその視点に立ち、今年3月にスタートアップ躍進ビジョンを提言しました。大きく成長を遂げていくスタートアップを歓迎し、そういう存在を続々と生み出すような環境作りをすることが何より重要だと思っています。
大手企業の変革に必要なのは「リーダーシップ・キャピタル」
──大手企業がデジタル化を進めていくためのポイントは、どこにあると思いますか。
これまでスタートアップの重要性を述べてきましたが、大手企業たちが世界における競争力を維持・強化することも重要なのはいうまでもなく、そのためにはデジタル化は不可欠です。しかし実態としてデジタル化が遅れているのは、やっぱり世代間のギャップが大きい。端的に言うと、会社の意思決定者がデジタル領域に明るくないことが多いわけです。
大手企業のデジタル化という観点においては、ターゲットとなるユーザーは現場で働く社員であるにもかかわらず、現場に決定権限がない。そうした意思決定プロセスのねじれや意思決定者の理解が遅れていることが大きな問題ですよね。
まずは自分がどれだけ頑張って勉強しても現場で働く20〜30歳下の社員のテクノロジー理解のレベルには到底追いつかないことを認識する。そして、自分の無知さが意思決定を歪ませないようにするにはどうすればいいか、を考えるのが賢明な経営者だと思うんです。
もちろん、大手企業がこのまま沈んでいくだけ、とは思っていません。日本からGAFAM級のスタートアップが出てくるには、あと10年はかかると思います。その間、日本の経済を支えていくのは大手企業だと思っていますし、日本は世界と比べたら中小企業やスタートアップよりも大手企業が元気な国。経済成長の切り札はスタートアップだと思っていますが、大手企業にはスタートアップにはない豊富なアセットがある。変化を恐れず、そうしたアセットを活用して進化を図っていってほしいなと思っています。
──変化することを恐れない。
既存のやり方を単純にデジタル化するだけではダメで、オペレーション自体を最適化していかないといけない。そうすると、これまでのオペレーションを構築した人や守ってきた人たちが反発する可能性があります。でも、ごく一部の人たちの不幸せを避けるために、何十万人の不幸せを放置してもいいのかと言えば、そうとも限らない。「少し不満だけど我慢すればいい」と思っている人たちの声はサイレントマジョリティなので表には出てこないけれど、オペレーションを守ってきた人たちは仕事を奪われる立場だから、その人たちの声がどうしても大きくなってしまう。
そこにリーダーシップが求められる。日本の政治はポリティカル・キャピタルを毀損することを恐れて、一部の人が反発することに手をつけられないことが多いのですが、会社組織も同じです。
政治において、社会を良くするために大胆な変革を行うためには、厚めのポリティカル・キャピタルが必要なように、会社においては、十分なリーダーシップ・キャピタルを構築し、一部の人たちから不満が出ようとも会社の成功のために大胆に意思決定をする必要があると感じます。
そんな会社は少ないと信じたいですが、リーダーが“上がり”的な立ち位置になっていると、「憎まれて終わりたくない」「不穏な感じで終わりたくない」と現状維持のまま数年の任期を終えようとし、優しい雰囲気の中で衰退を続け、結果的には全体が不幸になってしまいます。
この30年間、日本経済は右肩下がりの状況が続いている。これだけ低金利を続けても景気が上向かない。やっぱり金融政策だけでは限界があり、いかに産業競争力を高められるかが重要な訳ですが、日本は一部の人から大反対されるような大胆な規制緩和ができない国。その結果、ガチガチの時代遅れになってしまっている。国でも起きていることが、会社でも起きているのだと思います。
──大手企業の変革に最も必要なことは何だと思いますか。
どの企業も社内に尖った人、いわゆる“変人”がいると思います。その人たちにスポットを当てて、輝かせることですね。同じような考えを持っている人たちだけで物事を考えてきたことが、現在の結果を招いています。周りと違う考え方をする変わった人を企業の中枢に据えて、躍動させる環境づくりが大手企業の変革に最も必要なことなんだと思います。
撮影:大竹 宏明
著者について
ROUTE06では大手企業のデジタル・トランスフォーメーション及びデジタル新規事業の立ち上げを支援するためのエンタープライズ向けソフトウェアサービス及びプロフェッショナルサービスを提供しています。社内外の専門家及びリサーチャーを中心とした調査チームを組成し、デジタル関連技術や最新サービスのトレンド分析、組織変革や制度に関する論考、有識者へのインタビュー等を通して得られた知見をもとに、情報発信を行なっております。