Research
新感覚イヤホンambie(アンビー)に学ぶ「ものづくり」と新規事業
2022-8-31
昨今のCOVID-19の影響によってリモートワークやオンラインレッスン等が一般化するなか、ZoomなどのオンラインWeb会議システムの普及に加え、イヤホンなどの音響機器の需要も拡大してきました。富士キメラ総研の調査によれば、特にAirPodsやBeatsをはじめとしたワイヤレスイヤホン製品の成長が顕著であり、2020年のワイヤレスイヤホン及びヘッドホンの世界市場規模は3億1,100万台と前年比148%に増加、また2026年には7億7,600万台にまで拡大することが予測されています1。
足元でも機能・価格・デザインなどにおいて様々な製品が生まれておりますが、今後はよりスマートフォンやコネクテッドカーとの連携によるユースケースの多様化が見込まれており、音響機器の枠を超えたIoT/ウェアラブルデバイスとしての需要拡大なども織り込まれている状況です。そのような成長市場において、本記事では耳をふさがず「ながら聴き」というユニークなバリュープロポジションによって注目を集める「ambie(アンビー)」の製品概要、創業経緯、プロダクト戦略等についてご紹介します。
耳をふさがない「ながら聴き」イヤホンambie(アンビー)とは
ambie(アンビー)はソニービデオ&サウンドのエンジニアであった三原良太氏(現ambie株式会社 代表取締役)が発起人となって生み出されたプロダクトです。音質やバッテリー技術の進化によってイヤホンは長時間利用されるシーンが増えた一方、周りからの呼び掛けや音に気づかず困ることがあったり、ノイズキャンセル機能に疲労を感じてしまうなど、ユーザーの抱える課題やニーズも少しずつ変化してきました。またフィットネスや移動の最中にイヤホン/ヘッドフォンで耳を塞いでしまう行為に対する安全面での懸念についてはウォークマンが登場した1980年代から変わらず議論されている論点です。
そのような課題に対して、耳を塞がず、ながら聴きができるイヤホンとして開発されたのがambieです。イヤーカフのように耳の窪みに装着するイヤホンのため、マスクや眼鏡をかけていたとしても着脱しやすく、骨伝導タイプとは異なり、音声ユニットから物理的に音が出る仕組みになっています。ソニーで長年研究されてきた特殊な音響技術を活用することで、音漏れにも強く、耳への負担も少ない「ながら聴き」というユーザー体験が実現されました。 またambieは「生活にBGMを添える」をコンセプトに掲げており、そのデザインにもこだわりがあります。丸みを帯びたハードウェアの形状とカラーバリエーションの多さが特徴であり、新しいガジェット好きからファッション性を重視する方々まで、幅広く支持を集めています。最初の製品が販売された2017年当初では耳を塞がないイヤホンといえば骨伝導式が主流であり、多機能な製品の多かったイヤホン市場においてambieの提案する新しいユーザー体験とシンプルな製品がデジタルネイティブ世代の間で話題になり、初期生産ロットは4日間で完売しています2。
2018年にはワイヤレス対応製品の販売を開始し、AirPodsなどの競合製品が数多く存在するなか、3週間で在庫切れとなりました3。その後2021年には当初から目指していた現在の主力商品である完全ワイヤレスモデル「AM-TW01」を市場に投入するなど、順調に商品ラインナップを拡充しています。当時はデジタルネイティブ世代を中心にSpotifyやApple Musicなどの音楽ストリーミングサービスの普及が加速していたことに加え、ハードウェアとしてもワイヤレススピーカーから小型のハンズフリーイヤホンへとトレンドが変化していた時期でもあり、そのような背景などを的確に捉えたマーケットエントリー戦略であったとも言えるでしょう。
ソニーの音響技術を活用したオープンイノベーション
前述の通り、ambieは元々ソニー社内で始まったプロジェクトではありますが、運営母体となる会社は大手ベンチャーキャピタルのWiLとソニーが共同出資するかたちで設立されました。設立当初から発起人かつ製品開発の責任者でもある三原氏をはじめとしたソニーからの出向者とWiLの事業支援チームが主体となって製品の企画・開発・販売などが行われています。ソニーとWiLのジョイントベンチャーとしてはスマートロック「Qrio Lock」に続き2社目ではありますが、2017年当時ではジョイントベンチャー等への出向事例は珍しく、ambieはソニーから出向制度や就業規則なども含め、新しく作り上げられたオープンイノベーション型企業です。
ambieのプロダクト開発は、洗練された技術を持ちながらも必ずしも技術ありきではなく、消費者ニーズを的確に捉えるためのMVP(Minimum Viable Product)として最初の製品を販売開始し、機能面でもデザインメインでもブラッシュアップされた製品を次々に市場投入していく点などはスタートアップらしいアプローチと言えます。一方、初期の製品開発で100以上の試作品を作るなど、妥協を許さずこだわり抜くところなどはソニーらしくもあり、スタートアップと大企業の長所を融合させた「ものづくり」を実践しているユニークな企業です。また完全ワイヤレスモデルの開発に際しては、ソニーが保有する構造設計手法や様々な技術を踏襲するなど伝統的な大企業のリソース活用も積極的に行なっており、大手企業グループから新たにイノベーティブなプロダクトを生み出すための最適解の一つとも言えるかもしれません4。
共同設立者でもあるWiLは日本を代表する大手企業がLP(Limited Partner)として参画するベンチャーキャピタルであり、スタートアップの立ち上げのノウハウや資金の提供だけでなく、大手企業とのネットワークを活かしたバリューアップ支援や人材採用支援などにも強みを持つファンドです。ソニーの世界的な音響技術をルーツに持ち、またソニーにとって自社の既存製品と将来的に競合する可能性のある製品を、ベンチャーキャピタルとの協業をきっかけとして生み出すことができた事例であり、今後も類似のスキームにて新規事業やスピンアウトベンチャーを創業する大企業が増えていくことが予想されます。
ライフスタイル提案に「尖った」ブランドマーケティング
ambieの立ち上げストーリーからはプロダクト開発のみならず、ブランドマーケティングという観点でも興味深い点が多々ありますが、主に以下の3点について言及していきます。
1. シンプルなプロダクト体験と機能群
初期のambieは有線タイプで音楽の再生・停止等ができるだけの機能的には非常にシンプルな製品であったのにも関わらず、「ながら聞き」という新しい体験とそのプロダクトデザインの訴求を重視した情報発信がデジタルネイティブ世代の共感を呼び、特別なプロモーションをせずとも販売直後から受注が殺到し、一時期は予約販売も停止するような状況でした。またその結果として有名Youtuberやインフルエンサー等の目にも留まり、国内トップクラスのチャンネル登録者数を誇るヒカキン氏のYouTubeチャンネル(HikakinTV)でも紹介され、2022年7月末現在まで330万視聴されるほどの反響がありました5。もちろん製品力やコンセプト次第ではあるものの、ambieのようにバリュープロポジションが明確であればSNS等で共感の連鎖が起きやすく、自社ECサイトを中心にオンラインでの販売規模を大きく伸ばすことも可能になります。
2. ライフスタイル提案を重視した販路選択
ambieは初期の販売チャネルとして家電量販ではなく、自社ECとライフスタイルショップを主軸に展開しています。通常のソニー製品であれば主要販路となる家電量販店をあえて選択しなかった背景として、ambieの提案する新しいコンセプトの伝えやすさを重視したことが挙げられます。そのため、当初はビームスやロンハーマン、蔦屋書店などのライフスタイル提案型のセレクトショップを中心に販路を拡大していきました。またビームスや蔦屋書店向けには別注/限定モデルを製造販売するなどのコラボレーションも実現しており、そういった製品も先行予約で完売するなど好評を得ています。販売開始初期の段階からストーリー訴求にこだわった結果として前述のようにSNS等で話題になり、「耳をふさがない」という製品ジャンルの認知度を高めることができたと言えるでしょう。そういった過程を経た上で、現在では家電量販店や大手ECモールなどにも販路を拡大しています。
3. パートナーシップと新たなユースケース提案
「耳をふさがない」という独自の体験及び技術を活かし、イヤホンの新たなユースケースの創造にも取り組んでいます。ポケモンGoの開発で話題になったナイアンテック社と連携し、ambie製品のARゲームでの活用などにも挑戦しています。AR/VRのゲームやツールにおいては視覚が制限されることによる安全面での懸念があるなか「耳をふさがない」ambieは外部の音声が自然に聞こえるだけでなく、ゴーグルなどの他のウェアラブルデバイスとの併用しても邪魔にならないなどのメリットがあります。AR/VRのみならず、バスケットのBリーグやJリーグサッカーなどのスタジアムにおいて実況解説を聞きながらスポーツ観戦を楽しめる体験の提供に取り組むなどエンターテイメント領域での活用の幅を広げています。また視覚障がいの方向けの副音声の配信デバイスとして利用されていたり、エンターテイメント領域に留まらず、日常生活の様々なシーンやビジネスにおいて新しいユースケースの創出が期待されるプロダクトでもあります。
大手企業に求められる新しい事業創出のあり方
大手企業においては期待される売上成長規模のハードルが高かったり、既存販路や製品との棲み分けの議論が複雑化するなどによって、新しい技術活用や製品開発をスピード感を持って進めることが難しい場合も少なくありません。クレイトン・クリステンセン氏が提唱する「イノベーションのジレンマ」は常に現場で起きている問題であり、ジョイントベンチャーなどの設立を検討及び実施する事例も出てはいるものの、まだまだ参考になる先行事例が少ないのが現状です。一方で、昨今ではWiLのようなオープンイノベーションに知見の深いベンチャーキャピタルの増加やエンタープライズ領域に特化したスタートアップ企業の台頭などにより、大手企業グループ社内だけでは立ち上げが困難であった事業やサービスであっても、従来とは異なるチームやパートナーシップ体制及びインセンティブスキームにて実現できる土壌が整いつつあるように思われます。大手企業グループのなかで新しい技術を活用した製品開発やGo-To-Market戦略に苦心している皆様にとって、本記事が論点整理や仮設立案などの一助となりましたら幸いです。
著者について
遠藤 崇史(えんどう たかふみ)。東北大学大学院情報科学研究科を卒業後、株式会社日本政策投資銀行、株式会社ドリームインキュベータを経て、株式会社スマービーを創業、代表取締役CEOに就任。アパレル大手企業への同社のM&Aを経て、株式会社ストライプデパートメント取締役CPO兼CMOに就任。株式会社デライトベンチャーズにEIRとして参画後、ROUTE06を創業し、代表取締役に就任。