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プロダクト戦略実現の鍵を握るプロダクトマネージャーの多様性

2023-8-10

宮田 善孝 / Yoshitaka Miyata

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SaaSの普及に伴い、B2Bでもプロダクトマネージャーの役割はますます重要になってきています。B2Bという特性から業務上活用するサービスであり、プロダクト進化の方向性が多様を極めます。特にグロース期以降のフェーズにおいて、飛躍的にその多様性が高まります。

本記事では、グロース期以降に焦点を当て、プロダクトマネージャーの多様性がプロダクト戦略の実現にどのような影響を与えるのか、プロダクト戦略を確認した上で、その重要性とメリットを探求していきます。さらに、異なるバックグラウンドやスキルを持つプロダクトマネージャーをチームに組み込む際のベストプラクティスや課題にも触れていきます。プロダクトマネージャーとしての成功に向けて、多様性の活用がいかに重要かを明らかにしていきましょう。

グロース期以降のプロダクト戦略

PMFを達成し、グロースも実現できてくると、ビジネスを非線形に成長させる強固な戦略を採用する必要がでてきます。参考として以前共著させていただいた「ビジョン実現のために押さえておきたい!SaaSプロダクトの戦略立案に使える代表的な8パターン」からグロース期以降によく上がってくる戦略を3つほど紹介します。

1.オール・イン・ワン(All-in-one)戦略

  • この戦略は対象ユーザーが使う、すべてのソフトウェア機能を兼ね備えた戦略パターンを指します。複数の異なるSaaSを連携するなどして、使いこなすのは簡単なことではありません。そこで周辺領域のユーザーニーズを汲み取り、差別化要素である機能を除いて、他機能は簡易なものに留まりますが、一連の流れをサポートできるようにプロダクト拡充を行っていくことを指します。
  • シードやシリーズAなど、PMFを達成する前からこの戦略を採用することを明言し、業界や業種にコミットし、機能拡充を行う新規事業やスタートアップもいるほど、訴求メッセージがシンプルで、メジャーな戦略の1つです。

2.APIプラットフォーム戦略

  • オール・イン・ワン戦略とは逆に自分たちのフォーカスエリアを明確にし、周辺サービスと連携できる柔軟性を広く許容し、むしろ推進していく戦略を指します。
  • 強い差別化要素やユーザーの囲い込みが出来ている場合に選択することが多く、ユーザーがAPIを活用し、SaaSプロバイダーが手が届かないカスタマイズなど付加的なサービスを自社開発する際に活用されます。さらにAPIプラットフォームが強力になるにつれ、3rd party developerが参入し、APIプラットフォーム上で開発されたSaaSを販売する場合もあります。

3.他サービスとのシナジー戦略

  • SaaSというビジネスモデルに閉じることなく、Fintechやマーケットプレイスなど、異なるサービスと連携し、さらなる価値創造を行う戦略もあります。
  • SaaSを起点にユーザーを囲い込み、決済まで一連の流れで実現したり、マーケットプレイスと連携することで業務効率化だけでなく、受発注などの取引まで実現してしまうこともあります。

これらの戦略を複数採用し、同時並行で実現していくことが求められた時に、同じバックグラウンドや経験をしてきたプロダクトマネージャーばかりが集まっても、その実現は難しいのではないでしょうか。オール・イン・ワン戦略を実現しようとすると、差別化要素となるコア機能はより深さが求められ、非常に高度なドメイン知識や業界理解を持っているプロダクトマネージャーでなければ、対応できない状態になっていることでしょう。

また複数プロダクトやモジュールを展開していく上で、共通する機能は切り出され、基盤として確立させる必要があります。いわゆるコンパウンドを実現させなければならず、基盤の設計や構築には幅広いビジネス理解と深いエンジニアバックグラウンドが必要になります。

さらに、APIプラットフォームの展開はユーザーや3rd party developerに向けてエヴァンジェリスト的に展開するBusness development要素を強く求められるようになります。Fintechとの連携は決済の仕組みやセキュリティ要件が高まるため、特定の高い専門性が求められます。

少しまとめると、グロース期以降はプロダクト戦略が多様化し、さらにそれらを組み合わせを推進し、実現させていくため、以下4つの要素を実現できる布陣を構する必要があるのです。

・基幹プロダクト
・新規プロダクト
・基盤
・ビジネスモデル自体を変革し、非線形の成長を創出するもの

プロダクト戦略実現に向けた多様なポジション

では、プロダクト戦略を実現していく上で、どのようなポジションがあるのでしょうか。担当エリアとレイヤーで分けて、それぞれ確認していきたいと思います。

まず担当エリアですが、これは担当するプロダクトやプロジェクトの特性や特徴をもとにポジションを分類したものになります。

1.コア機能

  • グロース期に入ると、差別化を牽引する機能やモジュールは深みを帯び、プロダクトマネージャーの経験だけでは企画することが難しい領域になります。
  • そのため、業種、業務を直接経験したことがある方か、カスタマーサクセスマネジメント(CSM)などでユーザーと深く向き合い、プロダクトを知り尽くした人で、プロダクトマネージャーとしての素養がある方の登用が必要になります。

2.グロース

  • PMFが一定領域で実現すると、文字通りグロースが求められます。具体的にはサインアップ導線や課金導線の最適化といった領域です。アクセス解析を武器にユーザビリティのフリクションを可能な限り取り除いていくことになります。
  • B2Cではお馴染みのテーマで、高度な分析能力とUIの引き出しが多い方がフィットしやすいでしょう。

3.新規プロダクト

  • 基幹プロダクト以外に、収益性の柱の重要度が上がるのもこのタイミングです。PMFを迎えることで、基幹プロダクトの不確実性が下がり、経営していく上で蓋然性高く事業展開できるようになることも、新規プロダクトのニーズが高まる要素でしょう。
  • 新規プロダクトを担うプロダクトマネージャーに専門性が必要なわけではなく、どんなテーマや業務に対しても形にできるコミットメントと広い経験(もしくは学習能力の高さ)が強く求められます。

4.基盤

  • 基幹プロダクトだけではなく、複数プロダクトの展開が見据えて、3−4つ目のプロダクトを進めるに当たって、共通部分の基盤化が必要になります。
  • 具体的には、各種プロダクトがユーザーになるような共通機能で、ログインや課金を始めとし、機能の出し分けや権限などが挙げられます。プロダクトを企画するのではなく、プロダクトがユーザー価値創出に集中できるように、共通する機能群をまとめて企画するチームになるため、一段深いエンジニアバックグラウンドが必要になります。

5.連携

  • 最後に、APIプラットフォームや、周辺プロダクトとのアライアンス含めた交渉、プロダクト設計を行うには、社内で企画し調整するだけでは話は進みません。そこで求められるのが社外との交渉や進捗管理を行えるBusiness developmentスキルになります。
  • 企画業務とかけ合わせて、両方できるプロダクトマネージャーは非常に少なく、分担して進めるのが多いように思います。

さらに、レイヤーはイメージしやすいと思いますが、Cレベルやマネージャーなど階層による分類になります。SaaS界隈でも、プロダクトマネジメントの専門性や重要性が高まってきており、ポジションとして認知され、普及の過程を辿っているので、ここで確認していきます。

1.CPO/VPoP

  • 多様なエリアをまとめ、プロダクト全体のビジョンや戦略の方向性を策定することになります。
  • また、戦略面だけではなく、それらを実現するために、どのような組織が必要なのか設計を行います。さらにその具体的な実現方法、採用や異動、育成などに落とし込んで推進していきます。

2.Product director/Head of Product(プロダクトマネージャーのマネージャー)

  • 担当しているプロダクト単体のプロダクトビジョンや戦略策定(AI/MLや全プロダクトのグロースなど、横串でテーマを持つケースもある)を担います。
  • 担当プロダクトについては最も詳しい存在になるため、全体のビジョンや戦略に対してインプットを求められます。また逆に経営陣から発信されたプロダクトビジョンにアラインすることも重要な役割の1つになります。
  • プロダクトビジョンや戦略、ロードマップを、対となるビジネスサイドや開発陣と連携しながら策定し、その実現を推進することになります。
  • ロードマップ実現に向けて、組織をデザインし、採用、異動などを進めることになります。

3.Product Manager

  • 担当領域ごとのロードマップや、仕様策定を担います。実際開発を進めていく中で、プロダクトオーナーとしてスクラムの運営を担当することもあります。

プロダクトビジョンや戦略を実現していく上で、どのようなエリアにポジションを作る必要があるのか、まず洗い出すところから始めます。その上で、規模感が5−6人までで収まるなら、2階層、それ以上となると、CPO/VPoPも擁立し、3階層以上の組織構築が必要となります。というのも、プロダクトマネージャーは純粋に1人ではなく、プロダクト開発のハブ的な存在を担い、かつ多様なバックグラウンドを持ち、担当領域も専門性が高くなることが多いことから、1人で受け持つことができるメンバーは3−5人と、他ファンクションに比べ少なくなります。

また、事業計画の検討と合せて、ゼロベースで組織設計を行うことは実は年に1度程度しかなく、期中は現状の体制をどのように改善していくのか、漸次的な進化が求められます。また採用や異動のような時期をコントロールできない要素も多く、相対するエンジニアやビジネスサイドと定期的に連携しながら、微調整を繰り返し、理想と実現可能性を行き来しながら運営することになるのです。

プロダクトマネージャー自身の多様性

もう一歩踏み込み、エリアやレイヤーに応じて、どのようなプロダクトマネージャーをアサインすれば、プロダクトビジョンや戦略の実現を手繰り寄せることができるのでしょうか。ここでは、就業経験のある職種と所属企業のフェーズや提供先で分けて、その特性を捉えていきます。

実は、新卒からずっとプロダクトマネージャーとしてのキャリアを歩んできた方は稀で、以下のような何かしらの周辺職種を経験した上で、プロダクトマネージャーに異動し、活躍している方が多いです。

・デザイナー
・エンジニア
・アナリスト
・コンサル
・ビジネスサイド(マーケ、CS)

先日執筆した「プロダクトマネージャーへのキャリアパス」の中で、バックグランド別の特性については詳述しているので、合せてご確認下さい。幅広い守備範囲を誇るプロダクトマネージャーにとって周辺職種の経験は自分の強みに直結し、自分の存在理由になります。プロダクトマネージャーに転身しても彼ら彼女らの強みとして残り続け、一般的なプロダクトマネージャーとして同質化しないからこそ、そこに多様性が生まれ、プロダクトのイノベーションの源泉となるのです。

バックグラウンド以外に、所属企業のフェーズに応じても経験できることが異なり、プロダクトマネージャーの強みに繋がります。

1.シード、PMF期

  • 限られた人数で職種すら関係なく、1つのプロダクトを作り上げ、ユーザーに価値創造をしなければなりません。そのため、必然的にプロダクトマネージャーという枠組みを超え、かなり幅広い知見ととにかく前にすすめるという自力が鍛え上げられ、そこに強みが形成されます。

2.グロース

  • グロース期になると、プロダクトマネージャーの多様性が出てくるため、この時期以降のフェーズを経験していると、自分の強みがどこにあるかを自問自答し、プロダクトマネージャーとして立ち位置を明確化している方が多いのが特徴になります。

3.マネタイゼーション

  • APIプラットフォームの展開や、Fintechやマーケットプレイスとの連携などを行い、プロダクトの質的な変化を経て、事業や組織が進化するフェーズを経験することになります。
  • さらに、IPOやM&Aなどのイベントも直接ではないにせよ、間接的に関与が求められることもあり、知見を向上させる上で充実したフェーズと言えるでしょう。

4.メガベンチャー

  • マネタイゼーションを超えて、メガベンチャーや大手企業での経験は細かく分権が進んだ組織に置いて、事前調査や準備を周到に行い、企画を通しきり、実現していくプロジェクトマネジメントスキルが重要になります。

さらに、私がよく比較軸に取り上げるプロダクトの提供先、つまりB2BとB2Cでも経験できることは大きく異なります。「事業成長に伴い変化するプロダクトリーダーの役割」で記載した通り、プロダクトリーダーのレイヤーでは、B2Bの方がプロダクトを進化させていく上でのオプションが多様で、プロダクトビジョン、戦略を描き切ると同時に、権限委譲や組織設計も差別化要素になります。かたやB2Cでは自分のユーザーでい続けられることにより、戦略面のオーナーシップを維持しやすく、UXと分析を中心に専門性を高めた組織構築を行うことになります。

また、「SaaSプロダクト組織を作るなら知っておきたい、『B2BとB2Cのプロダクトマネージャー』6つの違い」で詳述した通り、根本的にはB2Bは業務上使うプロダクトであるため、事前にユーザー調査を行うことで、精度高く企画を作り上げることができます。他方、B2Cは一定のユーザーを獲得し、プロダクトアウトでユーザビリティを磨き込み、ABテストを元に正解に近づけていくことになります。B2Bはマーケット・インで事前調査に重きがあり、B2Cはプロダクトアウトで、事後のイテレーションにフォーカスして、プロダクト改善していくことになります。

アサイン

プロダクトビジョンに即し、多様なポジションがある中で、就業経験のある職種と所属企業のフェーズや提供先などを元にどのような方をプロダクトマネージャーに迎え、組織設計していくのか検討していくことになります。

自分と似た人を雇用しやすいというバイアスはみんなが持っており、プロダクトマネージャーもその例外ではありません。また、組織は静的なものではなく、動的に変化していくものなので、理想から考える機会は実は少なく、足元の論点をクリアすることに目線が行きがちです。日本のような非常に被雇用者が守られている労働環境の中で、中長期的な視点を失うことはリスクに直結します。

さらに、どんな組織でも多様性はイノベーションに繋がりえますが、足元だけを見ると、コミュニケーションコストが高く、決して居心地がいい組織とは言えません。例えば、ドメインに強みがあるプロダクトマネージャーとプロダクトマネジメントの経験が10年以上で一定のキャリアを歩んで来た方とではパフォーマンスの仕方が全く異なりますし、状況によって成果にボラティリティが出やすいです。このような環境下で前提なしにコミュニケーションをしたら、あまり良い結果にはならないことは火を見るより明らかでしょう。

このように、多様性に対する懸念材料はいくらでも上げることができます。短絡的に保守的な意思決定を行うと、同質化してしまうので、注意が必要です。特にグロース期以降はプロダクトマネージャーの多様性こそがプロダクト戦略を実現に向けたオプションを増やし、引いては競争力の源泉になります。

CPOやVPoPなど組織を統括する立場の人にとっては、非常に負荷が高い要素ですが、プロダクトビジョンや戦略に与えるプロダクトマネージャーの多様性を理解を深め、足元のパフォーマンスよりも、中長期でどのようなインパクトを出したいのかを念頭において、採用、異動を行い、組織設計し、プロダクトの進化を推進していくべきです。

まとめ

グロース期以降のSaaSの成長を支えるには、様々なプロダクトマネージャーが力を合わせる必要があり、その多様性こそが競争力の源泉になります。多様なプロダクトマネージャー同士の歯車が合うと、組織としてパフォーマンスすると、信じられないようなインパクトに繋がります。しかし、そのためには組織としての透明性や、多大なコミュニケーションコストに支えられるものです。このような足元のコストに惑わされず、中長期を見据えた組織設計こそが重要なのです。

SaaSプロダクトマネジメント

著者について

宮田 善孝(みやた よしたか)。京都大学法学部を卒業後、Booz and company(現PwC Strategy&)、及びAccenture Strategyにて、事業戦略、マーケティング戦略、新規事業立案など幅広い経営コンサルティング業務を経験。DeNA、SmartNewsにてBtoC向けの多種多様なコンテンツビジネスをデータ分析、プロダクトマネージャの両面から従事。その後、freeeにて新規SaaSの立ち上げを行い、執行役員 VPoPを歴任。 現在、日本CPO協会理事、ALL STAR SAAS FUNDのPM Advisorに就任。米国公認会計士。『ALL for SaaS』(翔泳社)刊行。


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