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「覚悟を固めて取り組む」。新規事業立ち上げとプロダクト開発への挑戦 | 三菱商事株式会社 清田 岳人氏

2023-3-22

ROUTE06 Research Team

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鉄鋼業界をはじめとした素材サプライチェーンの川中領域には、数多のバイヤーとサプライヤーの間に立ち、取引を柔軟に仲介する流通商社や問屋が多数存在します。そのような流通事業者特有の様々な取引バリエーションや、取引条件の変更・修正といったイレギュラーな業務にも対応したデジタルプロダクトとして、三菱商事株式会社(以下、「三菱商事」)により見積・受発注プラットフォーム「PaSS-Portal」の提供が開始されました。 PaSS-Portalは、2023年1月、初期ユーザーである住商メタルワン鋼管株式会社(以下「MSTP」)での業務利用が開始され、現在はMSTPのサプライヤー(継手やバルブといった配管機材メーカーなど)へ共同利用のご依頼を進めています。

今回は、PaSS-Portalの開発を推進した三菱商事 清田岳人氏に、プロダクト開発を進める際に感じた苦労とその乗り越え方、MSTP各拠点への導入時の工夫や、構想からプロダクトリリースまで1年3ヶ月という早さで辿り着けた背景について、話をお聞きました。

三菱商事株式会社

総合素材グループ 素材ソリューション本部 産業素材DX部 課長 清田岳人氏

2013年に三菱商事株式会社に入社。鉄鋼製品本部に配属され、2014年から2019年まで株式会社メタルワン、2019年から2021年まで住商メタルワン鋼管株式会社へ出向。合計7年間の出向経験を経て、2021年4月に本社復帰、現部署へ着任。

株式会社ROUTE06

プロフェッショナルサービス本部 プロダクトマネージャー 乾友輔

2016年に株式会社リクルートコミュニケーションズ(現株式会社リクルート)に入社。2020年にLINE Fukuoka株式会社に転職すると同時に福岡に移住し、スマートシティプロジェクトに参画。2021年11月、株式会社ROUTE06に入社。PaSS-Portalのプロダクト開発を担当。

プロジェクト発足時は「勇気を持って、仲間と覚悟を固めた」

:清田さんが所属している総合素材グループは、自動車や建設インフラなどの業界向けに様々な素材の販売・取引、事業開発や事業投資を行っていらっしゃいますが、今回、流通事業者の取引における見積・受発注業務に着目してサービスを企画された背景を教えてください。

清田:総合素材グループの中でも、私の所属する産業素材DXタスクフォースは主に流通面での効率化や品質向上に資するデジタルサービスの開発・提供を行っている組織です。2021年8月に「受発注業務や取引書類のデジタル化」というテーマにアサインされたことをきっかけに、その課題について調査を始めました。

その中で、MSTPの配管機材本部に代表されるような、数多のバイヤーとサプライヤーの間に立ち、日々膨大な量の見積対応や受発注を行う「取引仲介業務」では、エクセルや手書きの作業、あるいは印刷した紙をクリアファイルで管理するといった非常に煩雑な業務が発生していることが分かり、ここは何とかデジタル化することで皆さんのためにならないかと考えたのがきっかけです。

:その発見から仮説を立て、実際にどのようなソリューションを仕立てるか考える中で、清田さんが悩まれたり、大変だと感じたりしたのはどんなことでしょうか。また、それをどのように乗り越えられましたか。

清田:当初苦労したのは、私が課題だと感じ取ったことを、その業務に向かい合っている皆さんが必ずしも課題と感じているわけではないという状況でした。そういった中で私が気をつけたことは、初期ユーザーとして開発プロジェクトに参画いただきたかったMSTPの皆さんには、必ずご自身の意思で参画することを決断していただくということです。デジタルプロダクトの開発は私にとっても初めてでしたし、ユーザーのニーズを徹底的に深堀してベストなソリューションを検討するためには、開発段階から初期ユーザーを巻き込むべきだと感じており、その深堀や検討に本気で取り組んでくれる仲間が必要だと考えていました。

:ご自身の意思で決断していただくのは簡単なことではなかったのではと思うのですが、どのように進めていかれたのでしょうか。

清田:こればかりは地道に丁寧に取り組んでいくしかないと思い、2021年10月にMSTPの配管機材本部の皆さんに初期提案に行って以来、一方的な対応とならないように意識し、双方向のコミュニケーションを丁寧に重ねてきました。こちらが「やりたいやりたい」と言うばかりではなく、そもそも普段から何に課題を感じているかであったり、開発ありきではなく既存のプロダクトを一緒に調べてみませんかという提案であったり、ある時は外部講師を招いてDXセミナーを行ったりしながら、彼らから、一緒に何かを改善しようと思っている仲間だと思ってもらえるように、とにかく一緒に考えることを心がけていました。

初期提案から4ヶ月後の2022年1月末、MSTP側から正式に「提案してもらった通り、見積・受発注をテーマとしたデジタルプロダクト開発に取り組みたい。参画を希望する10名のメンバーが出揃った」と連絡を受けたときは、本当に嬉しかったことをよく覚えています。契約内示させていただいていたROUTE06さんにも、すぐに「お待たせしました」と連絡しました。

:たしかに、2021年の秋頃に清田さんからROUTE06にお声掛けいただいた当初は、皆さんが一丸となって取り組むかどうか、伸るか反るかだったことはよく覚えておりまして、本当にそこからスタートしたという形でしたね。

清田:そうですね。でも、その立ち上がりの部分をきちんとやったからこそ今があるというか。「誰が誰の意思でやりたいんだっけ」ということが明確でないまま適当に走り出してしまうのではなく、勇気を持って皆の覚悟を固めるタイミングを作ったことは、今考えると悪くなかったのではないかと思っています。

プロダクトを磨き込むために、小さな声にも耳を傾ける

:PaSS-Portalは非常に多くの関係者を巻き込んだプロジェクトですが、ステークホルダー全員がバリューを発揮できるよう心がけたことはありますか。

清田: 二つありまして、一つはとにかくポジティブな雰囲気を作ることです。集まってくれた10名のMSTPのプロジェクトメンバーは「成果が出なかったらどうしよう」という不安を抱えていた方もいると思いますし、日々の業務の傍ら、業務フローの棚卸や工数の調査など地道な作業にとにかく一生懸命取り組んでくださったので、かなりの負荷になっていたと思います。そういった心身両方の負担に対して、「皆さんで励まし合いながら頑張りましょう!私自身も不安は尽きないですが、この不安を乗り越える経験を楽しむくらいの気持ちで頑張っていきましょう!」とモチベートすることに努めました。

二つ目は、少し硬い話ですが、関係する各社の『立場』を明確化することです。例えばMSTPは、「自社の見積・受発注業務の効率化や品質向上を最大化させたい」という立場である一方、弊社は、まずは初期ユーザーであるMSTPさんにとって最良のプロダクトに仕上げたいと思うものの、後々のユーザー拡大を目指す上では、「過度に個別具体な機能は具備させられない」という立場でした。

こういった「立場の違い」は、会社の違いのみならず、役職や、担当取引の性質の違いによるものなど数多くあり、それに起因して要件定義などの議論が白熱することもありました。それでも、プロジェクトメンバーが、お互いの立場の違いを尊重する姿勢を持ちながら、出来る限り腹落ちするまで議論することを心がけたので、最終的には関係者が納得の行くプロダクト設計ができたと思っています。

: 「どういう機能があるべきか」という要件定義については、議論が白熱して90分間の週次定例の時間内に収まらずということも多々ありましたね。想定利用ユーザーを巻き込みながらプロダクト設計を進めていく上で意識されていたことはありますか。

清田: 精神論ですけど、とにかくどんな小さい声でも拾うことがポイントだと思っています。 MSTPのプロジェクトメンバーの中でも、自身が課題に感じていることやその解決策となる機能を言葉にして伝えることが得意な方とそうでない方がいます。得意な方の意見に偏ったプロダクト設計になってしまうと、微妙な業務手順の違いを有するユーザーが活用できるものにはなりません。

普段は言葉数の少ないメンバーから、「そう設計すると、私の担当取引の場合、上手く回らない気がする...」と勇気を持って声をあげてくれたことに対し、時には「話がまとまりかけていたのに...」と実は思ってしまったこともありましたが、そういった小さな声を拾い向き合うように努めたことから、10名のプロジェクトメンバーが誰一人離脱せず、全員でサービスリリースを迎えられたのではないかと思っています。

:私は2022年2月から業務フローを開いたり、具体の要件を決めたりすることを一緒にやらせていただきましたが、プロジェクトメンバーの皆さんのマインドセットの変化が手に取るように分かるというか、清田さんが大事にされていた、一人ひとりの声に向き合ってプロダクトを磨き込んでいくということが現れているんだなというふうに思いました。

清田:彼らとしても自分の業務はどんなフローで回っていて、隣の人との違いを意識してみたことはなかったと言っていたので、開発の過程の中で得たものは大きかったのではないかと思います。

:プロジェクトメンバーの皆さんの多大な貢献がある一方、PaSS-Portalの導入はMSTP社全体の話になると思うのですが、PaSS-Portalを導入するか否か開発していくか否かという点について、経営層への働きかけはどのように行ったのでしょうか。

清田: ここは本当に難しい課題で、現場業務のデジタル化というテーマなので、それをどう実感して理解していただくのか、言葉の選び方から苦労するところはありました。ただ、初年度から配管機材本部全体の営業23チーム、約200名で利用するとご決断いただけたのは、私が何か特別なことをしたというよりも、プロジェクトメンバー10名の想いや新しい挑戦をしたいという姿勢が、幹部の皆さんを突き動かしたのだと思っています。

:実際に導入するにあたって、どのような形で進められましたか。

清田: プロジェクトメンバーと一緒に全チームを訪問してお話をさせていただきました。心がけたのは、すべてを隠さず話すことですね。考えすぎかもしれませんが、「本社の一部の人たちが盛り上がって勝手に決めたことでしょ」と誤解されないように、「皆さんの仲間が代表して取り組んでいる、皆さんのプロジェクトである」ということを強調して、知りたいことや疑問に思うことにはすべて答えるように努めました。現在MSTPの利用開始から3ヶ月弱経ち、各拠点で積極的にPaSS-Portalをご活用いただいているという状況を見て大変嬉しく思っています。

1年3ヶ月でのリリース。秘訣は「フェーズに区切ってテーマとゴールを明確化」すること

:清田さんは、PaSS-Portalにおけるプロダクトオーナーの役割を担っていましたが、顧客体験やユーザーインターフェースについて、こだわった部分はありますか。

清田:プロダクトの価値はなにか、他のサービスとの違いはどこか、ターゲットは誰でどんな課題を解消するのか、ということは乾さんとものすごく話し合いましたね。その中で徐々に見えてきたのは、見積、受発注、及び納品・請求といった「取引業務の始点から終点まで」をすべて網羅するという部分です。

僕自身は、「見積業務に限定して小さく始めてみよう」と考えていたのですが、プロジェクトメンバーの強い希望で「見積、受発注、納品・請求+チャット」という機能を具備したプロダクトを設計することになりました。これは非常に大きな決断で膨大な設計工数をもたらしましたが、今考えてみると、この顧客体験を提供するプロダクトをMVP(Minimum Viable Product)から搭載できたということは、PaSS-Portalにとって非常に大きな魅力の一つになったのではないかと思っています。

:たしかに、MVPはよく最小単位で価値が提供できるものと言われていますけど、今回は取引の始点から終点まで一気通貫でできることが最もミニマムな提供価値でしたね。MVPとしては大きめな単位で開発することになりましたが、サービス構想からリリースまで1年3ヶ月で実現できた要因は何だと思いますか。

清田:一つは、プロジェクトを「フェーズ」に区切ってテーマとゴールを設定し、ダラダラと長引かせないことを関係者の共通認識としたことでしょうか。企画構想・チーム作りをテーマとした「フェーズ0」が2021年10月~2022年1月の4か月間、構想具体化・効果試算をテーマとした「フェーズ1」が2022年2月~4月の3か月間、関係者間での開発可否の合意・決断を行った「フェーズ1.5」が同5月の1か月間といった具合に、期間とゴールを明確化しました。

もう一つは、「2023年1月より業務利用を開始したい」という要望にROUTE06さんが全力で応えてくれたことです。取引一連のすべての機能を具備したプロダクトを、テストも含め7か月で開発完了してくれたスピード感も大いに寄与しています。また、乾さんはプロジェクトメンバーから挙がった機能要求を“丸受け”するのではなく、要求の本質や影響度を深掘りした上で、複数のオプションから最適な実装方法を提案してくれました。それぞれのオプションの良し悪しや実装難易度についても丁寧に説明してくれたので、我々としても判断し易く、スピーディなプロダクト設計と開発に繋がった大きな要因であると考えています。

:プロジェクトメンバーや、実際に業務されている方から要求が上がってきたときに、その背景にあるものだったり、根本的に解決する方法、あるいは運用でカバーしたほうが良いものだったり、そういった議論は皆さんと一緒にさせていただいたなと思います。

清田:とにかくその積み重ねでしたよね。

:毎週の定例の中で、論点を洗い出しておいて、今回はこの機能、この要求についてどうしますかと。 そこで議論し尽くしたおかげで、プロジェクトメンバーそれぞれがプロダクトを自分の言葉で語れたり、清田さんご自身もなぜこの機能になっているのか深く理解できるので、妥協せずに議論して良かったなと思いますね。

サプライヤー・流通事業者・バイヤー、三位一体のプラットフォームへ

:プロダクトがリリースされ、現在は実運用で検証しているという段階ですが、ユーザーからのフィードバックを受けてどのような手応えを感じていますか。

清田:MSTPの全国各拠点で積極的に業務利用してくださっていて、まずは一安心しています。ユーザーの皆さんから日々機能改善要求を受け取っており、その対応に奔走しておりますが、そういった反応が上がってくるということだけで、PaSS-Portalを使ってくださっている、利便性が上がることを期待してくださっている、といったことの証左かなと思って非常にありがたく感じています。

少し予想外な反応として、「案件進捗や経緯の社内共有・蓄積に大きなメリットを感じる」という声を多く受けていることです。元々、配管機材取引は専門性の高い領域であり、「自分自身で得た経験を積み重ねてこそ一人前」という“職人気質”な方が多いのかなと勝手に想像してしまっていた中、情報共有による組織力強化や役割分担の柔軟化に価値を見出している方々が多数いらっしゃることを知り、勝手な思い込みを省みると共に手応えを感じています。

:今後さらにプロダクトを磨き込んでいく中で、どのような構想をお持ちでしょうか。

清田:MSTPでの利用価値向上においては、MSTPのサプライヤー様にもPaSS-Portalをご利用頂くことが目下の課題です。構想具体化に着手して以来、継手やバルブといった配管機材のサプライヤー様にもヒアリングさせていただいており、前向きな声や応援の声も多く頂戴しています。煩雑な手作業や印刷紙での管理といった課題は、MSTPのような流通事業者のみならずサプライヤー様側でも発生していると伺っており、「お互いにとって便利になる使い方」を各社様と共に見定めて、相互利用を開始するお手伝いができればと思っています。

また、MSTP同様に見積対応や受発注のデジタル化を志向されているポテンシャルユーザーの方々に広くPaSS-Portalを知って頂きご利用を検討いただきたいと思っています。もし、MSTPと同じサプライヤー様と取引を行っているようであれば、サプライヤー様側でも、MSTPから依頼されている取引案件と他ユーザーから依頼されている取引案件が案件一覧上に並びますので、相互にメリットが出るものと思います。業界や取扱商品を問わず、多くの流通事業者とサプライヤーが「PaSS-Portal」上で繋がる世界が構築されることを目指しています。

機能拡張については、現行の流通事業者とサプライヤーとの連携のみならず、バイヤー、つまり流通事業者にとってのお客様とも連携したプラットフォームへの進化を構想しています。バイヤー・流通事業者・サプライヤーが三位一体となり、ワンストップで取引を快適に推進できる場となるためには、どのような機能を具備すべきか、将来構想として検討を開始しています。

新規事業に取り組む以上は、”初心者”であることを自覚する

:大手企業が新規事業・新規サービスとしてプロダクトを立ち上げ、磨き込んでいく上で大事な点は何だとお考えでしょうか。

清田:企業規模というよりも、当たり前のことですが「徹底的にポテンシャルユーザーの声に耳を傾ける」ことに尽きるのかなと考えています。 弊社も長い歴史の中で数々の新規事業を立ち上げてきていますが、新規事業・新規サービスに取り組む以上、その領域では常に“初心者”であり、自分たちが作りたいものを作ってズバリ使って頂ける訳ではないことを自覚しなければならないと私は考えています。

お金を払ってでも使いたいと思って頂けるものを作ることにまずは集中すべきで、そのために最善最短の方法は「使って頂きたいと思う方々に話を聞く」ということだと思います。まずはそれを揺るがない軸として据えた上で、プラスアルファのアイディアを持って行って、「こんな機能もどうでしょう」と提案し、議論を重ねると、ポテンシャルユーザーの想定を超えるような価値の提供につながるのではないかと考えています。どんな新規サービスも、またB2CでもB2Bでも、結局はそのサービスを使うのは特定の個人であると思います。使ってもらいたい人たちの顔や行動や考え方をどれだけクリアに想像してサービス設計に落とし込めるかが大事だと感じています。

:清田さんは、誰に対してどんなサービスを提供するのかという価値を突き詰めること、また、使ってほしい人に実際話を聞きに行き、関係者と一緒の方向を向いて取り組んでいくことを徹底して意識されていたと私自身も感じています。

撮影:大竹 宏明

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著者について

ROUTE06では大手企業のデジタル・トランスフォーメーション及びデジタル新規事業の立ち上げを支援するためのエンタープライズ向けソフトウェアサービス及びプロフェッショナルサービスを提供しています。社内外の専門家及びリサーチャーを中心とした調査チームを組成し、デジタル関連技術や最新サービスのトレンド分析、組織変革や制度に関する論考、有識者へのインタビュー等を通して得られた知見をもとに、情報発信を行なっております。


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