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エンタープライズにおけるプロダクトマネジメントの広がり
2024-5-29
国内において、DX(Digital Transformation)という言葉を起点に、1つのムーブメントが形成されています。組織やビジネスの基本的な運用やプロセス、価値の提供方法などを、デジタル技術を活用して大幅な変革が様々な場所で展開されています。社内のプロセスだけでなく、このトレンドは今までの製品やサービスにも適用され、質的な変化がもたらされ始めています。開発の外注から脱却し、内製化というトレンドが出てきていることも端緒の1つでしょう。
本記事ではエンタープライズ企業に焦点を当て、DXを推進していく上で、起点となるプロダクトマネジメントのあり方についてまとめていきます。
プロダクトマネジメントの必要性
変化の激しい状況下において、ユーザーの課題やニーズも漸次的に変化します。これらを的確に捉え、ミッション、ビジョンを掲げ、製品やサービスも刻々とその形を変え続けなければならない時代になりました。さらに、製品やサービスを支える技術においても、Generative AIを中心に様々な技術革新が席巻し、ソリューションの変革スピードも日に日に早まっています。
このような状況において、例え一定のペネトレーションを保持しているエンタープライズ企業であっても、そのシェアの維持、さらに向上していくためには絶え間ない企業努力が必要です。これらを支える中心的な考え方にプロダクトマネジメントがあります。
これまで業務を進める上での主体であったプロジェクトマネジメントとは、ゴール設定とデリバリーの観点から対極的な考え方になります。プロジェクトマネジメントではゴール設定を明確に行い、最短で実現できるリソースや期間を設計し、ゴールに向かって各種調整などを行いながら進めていき、完遂します。他方、プロダクトマネジメントはそもそもユーザーが抱える課題、ニーズ、提供するソリューション自体が流動的です。そのため、ゴール自体を常に見直し、定義しながら、与えられたリソースでできうる限りゴールに近づけていくことになります。
従来は比較的ゴール設定し易い状況下において、プロジェクト計画とその実行が差別化要素になっていました。しかし、昨今はゴールを常に見直し定義できる思考と、限られたリソースを活用し、流動的な目標に対して常に最適解を推進できるアジリティの高さこそが重要です。
プロダクトマネジメントにおけるエンタープライズの挑戦
プロダクトマネジメントを導入していく上で、エンタープライズ企業は超えなければならない壁が3つあります。それらは、アジリティの向上、フルスタック人材の創出、課題ベースのプロダクト設計です。
1.フルスタック人材の創出
エンタープライズ企業にまで上り詰めるには事業を分けたり、役割を細分化し、採用難易度を下げ、育成環境を整えていく必要があります。その過程で習熟という意味でもできるだけ同じ役割を担ってもらったほうが効率がよいので、スタートアップに比べサイロ化が進みます。
このような状況下において、プロダクトの成功に責任を持つプロダクトマネージャーのような業務ドメインをこだわらず、比較的広範囲にパフォーマンスを求められる職種は立ち上がりにくくなります。特に新規事業を推進できるようなフルスタックなスキルセットを持った方を育成、採用することが最初の第一歩になります。
2.課題ベースのプロダクト設計
次に、エンタープライズ企業には強固な基幹ビジネスがあり、当然のように周辺プレイヤーとの協業が進んでいたり、時には業界を超え認知されていることも多いでしょう。そのため、何か新規事業を立ち上げようとすると、ユーザー課題やニーズに焦点を当てるのではなく、プロダクトアウトなソリューションをGo to market戦略で売上を立てるようにしがちです。
もちろん、業界を超えた認知や周辺プレイヤーとの連携実績は資産として貴重です。スタートアップ界隈からすればどれも喉から手が出るほどほしいものでしょう。しかし、強みであるがゆえ、どうしてもGo to market戦略の議論が多くなり、何にユーザーが困っているのか、どうすれば課題を解消できるのか、という問いへの向き合い方が相対的に弱くなりがちです。コンサルやリサーチ会社に市場調査を頼む前に、自分で100社ヒアリングするなど、一次情報として頭に叩き込む必要があります。
3.アジリティの向上
最後に、アジリティの向上です。これは前Chapterの「プロダクトマネジメントの必要性」でも少し触れたのですが、昨今ユーザー課題、ニーズ、そしてソリューションを構成する技術などは非常に漸次的に変化します。そのため、これら3つを不変なものとして捉え、プロダクトやサービスを提供していくことが非常に難しい状況になりました。そのため、変わっていくことを前提として捉え、今あるリソースでできうる限り、その瞬間理想として考えているゴールに近づけていくかが重要になります。つまり変化に対する柔軟性を高める必要があるのです。
エンタープライズにおけるプロダクトマネジメントの導入戦略
エンタープライズ企業では、組織も大きく、ガバナンスが強固でオペレーションが整備されていることが多いです。そのため、現場から徐々にムーブメントを起こすというアプローチもあるかもしれませんが、トップが状況を正しく認識し、プロダクトマネジメントの導入を牽引し始めることがキードライバーになります。ここで言うトップとは経営陣だけを指しているのではなく、事業責任者や新規事業の立ち上げを行う方など、何かしらの事業に対して責任を持っており、一定の予算、リソース配分に関する権限を持っている方をイメージしています。
彼ら、彼女らによりプロダクトマネジメントのエッセンスを取り入れるようなオペレーションの拡充、例えばPRDや開発ロードマップのフォーマット化を行い、ユーザー課題やニーズからしっかり思考し、ソリューションを設計していくプロセス構築が良いと思います。エンタープライズ企業におけるオペレーションエクセレンスは新しい概念を学習し、導入していく上で非常に強みになります。
最後に今まで構築してきた基幹事業に対して新しい思想を導入することは様々な不安や懸念を抱くかもしれません。もちろん基幹事業にこそ導入が必要だとは思いますが、全社的に導入を足並みそろえて行う必要はなく、新規事業など導入しやすい事業から導入を行い、肌感を掴んでから全社導入していく手法もあります。スタートアップ界隈では、まずCPOクラスから採用し、プロダクトや組織の構築を進めていきますが、エンタープライズ企業にはエンタープライズ企業に合った進め方がありますので、無理に同じアプローチを取る必要はないのです。
AdobeのSaaS化
「Adobeのクラウド化に学ぶXaaS化の真髄」という記事でも確認した通り、Adobeは従来のパッケージソフトウェアの販売を2年程度でクラウドにシフトすることに成功しました。
Adobeのクラウド化のポイントは以下5点です。
- XaaS化は最上段のビジネストランスフォーメーションとして捉え、経営直下プロジェクトとして強固に推進
- パッケージとは異なり、ユーザーとの継続的な関係構築により、課題、ニーズの特定をキャッチアップし続けられる体制の構築
- クラウドで提供することにより、セキュリティや可用性、DRなどの技術的な対応項目だけでなく、ユーザー価値実現に向け常にプロダクトを進化し続けれるようにアジャイル開発を導入
- サブスクリプションに併せたビジネスオペレーションの構築
- 最後に、クラウド化することにより財務観点におけるリスク評価と社内外へのコミュニケーション
このように、Adobeのクラウド化でもエンタープライズ企業がプロダクトマネジメント導入時のハードルとなる課題ベースのプロダクト設計(ユーザーとの継続的な関係値構築)やアジリティの向上としっかり向き合って、導入していることがわかります。また、Adobeも大きな組織ゆえか、エンタープライズ企業の導入戦略同様、トップダウンで一気に変えに行っていることも確認できます。
エンタープライズにおけるプロダクトマネジメントの将来展望
アメリカなどソフトウェア先進国では、Adobeと同様にプロダクトマネジメントは完全に民主化しています。2018年に私はNYでプロダクトマネジメントに関するトレーニングを受けたのですが、受講者はソフトウェア企業ではなく、証券、コンサルなど他業界、他業種の方が8割を占めていました。当時、日本でロジカルシンキングが民主化したように、アメリカではプロダクトマネジメントが一般教養のように扱われていました。
おそらく日本でも近い将来、同じような状況になると思っています。最近、プロダクトマネジメントに関するイベントやカンファレンスに行くと、5年前には全く参加していなかった企業の方々が来るようになってきているように感じます。名刺交換をすると、プロダクトマネジメントに関する部署がすでにあったり、プロダクトマネージャーを名乗る方々も徐々に増えてきていることを肌で感じています。
これまではスタートアップ界隈が既存産業に入り、テクノロジーを駆使して、イノベーションを起こすことが多かったように思います。しかし、これからはエンタープライズ企業のプロダクトマネジメントを理解し、導入し始め、イノベーションを埋める土台を構築し始めているように思います。もう一歩進むと、スタートアップへのプレッシャーにもなり、お互い強みを磨きながら、良いライバル関係が構築されていくように思います。
まとめ
DXという言葉を超えて、エンタープライズもユーザーの課題やニーズに向き合い始めています。これはプロダクトマネジメントの端緒だと思います。今後、エンタープライズ企業がプロダクトマネジメントを理解し、浸透し始めると、一気に形成が変わっていくポテンシャルを秘めています。 これまでスタートアップ界隈の専売特許だったプロダクトマネジメントもその形を変え、広くソフトウェアビジネスに浸透していくターニングポイントかもしれません。
著者について
宮田 善孝(みやた よしたか)。 京都大学法学部を卒業後、Booz and company(現PwC Strategy&)、及びAccenture Strategyにて、事業戦略、マーケティング戦略、新規事業立案など幅広い経営コンサルティング業務を経験。DeNA、SmartNewsにてBtoC向けの多種多様なコンテンツビジネスをデータ分析、プロダクトマネージャの両面から従事。その後、freeeにて新規SaaSの立ち上げを行い、執行役員 VPoPを歴任。現在、Zen and Companyを創業し、代表取締役に就任。シードからエンタープライズまでプロダクトに関するアドバイザリーを提供。ALL STAR SAAS FUNDのPM Advisor、およびソニー株式会社でSenior Advisorとして主に新規事業における多種多様なプロダクトをサポート。また、日本CPO協会立ち上げから理事として参画し、その後常務執行理事に就任。米国公認会計士。『ALL for SaaS』(翔泳社)刊行。