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Adobeのクラウド化に学ぶXaaS化の真髄

2023-3-20

宮田 善孝 / Yoshitaka Miyata

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前回の記事 XaaSの類型とメリット で紹介した通り、XaaSはプロバイダーにもユーザーにもメリットがあり、もはやその潮流は不可逆的と捉えるのが自然でしょう。プロダクトを売り切りモデルで販売するのではなく、サービスとして提供することで、ユーザー価値の実現に重点を移していくことがXaaS化への第一歩です。

XaaS化と似ているものとして、デジタル広告の課金体系が挙げられます。この20年かけて、バナー広告のようなCPI(Cost per Impression)を成果にしたものから、アプリのインストールや口座開設のような何かしらのアクションを成果にしたCPA(Cost per Action)広告へと進化していきました。さらに今ではMetaなど巨大メディア企業を中心にAIや機械学習を駆使し、oCPA(optimized CPA)広告などへと進化を遂げています。 デジタル広告と同様に、ソフトウェアを中心にユーザーが本質的に求めるものに重心を移し、ビジネストランスフォーメーションが起き始めています。本記事ではAdobeのクラウド化の事例を確認した上で、XaaS化していく上でのポイントを確認していきたいと思います。

Adobeのクラウド化

非常に短期間でXaaS化を実現し、XaaSとしての果実を勝ち取った典型的な事例として、Creative Cloudで著名なAdobeを取り上げます。 彼らがどのような課題設定の元、どのようにアプローチし、実現に向けて動き、対外的にコミュニケーションを行い、そして結果に至ったのか具体的に見ていきたいと思います。今回、Mckinsey SFのPrincipalとして従事されているKara Sprague氏によるAdobeのCFO Mark Garrett氏、VP of business operations and strategy Dan Cohen氏へのインタビュー記事 「Reborn in the cloud」 を要約する形で紹介します。

要約

リーマンショック後、Adobeは販売数は頭打ちしており、価格の向上によってなんとか売上を向上させていました。そこで、経営、戦略、財務、そして事業リーダーで様々な観点で議論し、短期間でクラウドモデルに移行しました。
クラウドモデルへの移行は、プロダクト、エンジニアリング、ビジネス全てに影響を及ぼしました。プロダクトについてはユーザーの声に耳を傾け、継続的な関係構築を、エンジニアリングではクラウドでプロダクトを提供する上でインフラの一新が求められました。最後にビジネス面では収益タイミングが変わることに起因し、インセンティブの設計や会計、IRの対応も不可欠でした。
その結果、エントリーモデルやアップグレードにより従来よりも幅広いユーザーに受け入れられました。さらに、結果としてサブスクリプションという特性により予測可能性が高い収益モデルが確立したのです。株価が3倍以上、5年前まで売上は1桁成長だったのが、10%超の成長率に上昇、2011年には19%だった経常収益が2015年には70%を実現しました。

Adobeの事例から学ぶXaaS化のポイント

従来のAdobeのように何かしらの製品を販売している場合、販売ユニット数が頭打ちとなり、価格改定か、新規モデルのローンチでしか売上を伸ばすことができない状況を経験した企業は少なくないのではないでしょうか。 昨今、デバイスの進化やニーズの多様化などにより、商品を提供する上で関係する市場の変化は激しくなるばかりです。この変化を捉え、クラウド化という舵取りを行った、Adobeの事例は非常に大きな学びを提供してくれています。Adobeの事例を元に、XaaS化を乗り切る上で、重要なポイントを5つに絞って紹介していきます。

1. XaaS化は最上段のビジネストランスフォーメーション

XaaS化は小手先で導入できるものではなく、最上段のビジネストランスフォーメーションと捉えるべきです。というのも、売り切りモデルで提供していた製品をサブスクリプションモデルに転換することは単純なビジネスモデルの変更に留まりません。プロダクト、エンジニアリング、ビジネスにおいて大幅な変更をもたらし、綿密なリスク評価と社内外へのコミュニケーションが不可欠となります。 XaaS化を推進する場合、体制面についても工夫が必要になります。新規事業のように、一部の専任チームを組んで、成功するものではなく、経営陣直下で関係のある部署から担当者を出し、強靭なPMOが推進することが必要だと思います。またクラウドを通して提供していく上で、大幅な変更が必要であり、社内異動だけではなく、様々なスキルを持つ人材を採用し、チーム内のスキルセットを拡張する必要があります。

2. ユーザーと継続的な関係構築

何でもXaaS化すればよいというものではありません。まずは、売り切りモデルでは捉えきれていない真のユーザーニーズがあるのかを確認し、それをクラウドで提供する意味があるものか評価していくことになります。 この2点をクリアして初めてXaaS化する意味が出てきます。XaaS化した後も、売り切りモデルとは異なり、ユーザーと継続的な関係構築を行う必要があります。一度ユーザーニーズを捉えればよいわけではなく、ユーザー課題を絶えずキャッチアップし続け、ユーザー価値を言語化し、プロダクトを正解に近づけ続けていくことになります。 これを受けて、ユーザーとの接点を継続維持し、フィードバックを得て、プロダクトを強化していくことが競争力の源泉となるのです。例えば、ユーザーコミュニティなどユーザーとの接点を構築し、それを運営できる体制を敷く必要性がでるのです。

3. クラウドによるプロダクト提供

ユーザーとの継続的な関係から導出されたニーズをできるだけタイムリーにクラウドで提供していくには、エンジニアリング観点でも大幅な改革が必要になります。 まず、エンドユーザーのPCにダウンロードしてもらい、ローカルで操作するのではなく、インターネットを経由し、ブラウザやアプリ上で操作してもらうことになります。これを実現するには、ユーザーの認証、利用を提供できるプロトコルが必要になりますし、セキュリティ、可用性、冗長化、DR(disaster recovery)対応などがプロバイダー側で担保することになります。 また、ユーザー価値の実現を絶えず追い求めることから開発手法もスクラムなどのアジャイル開発モデルを採用する必要があります。この手法により、開発案件ごとにプロダクトのアップデートを行い、ユーザーに追加機能や改修によるベネフィットを届けられるようになるのです。

4. サブスクリプションへの適応

売り切りモデルからサブスクリプションモデルへの変更をビジネスの視点から見ると、収益構造の変化と捉えることができます。この変化に伴い、事業評価の中心は売上の推移ではなく、ARR(Annual Recurring Revenue)に移ります。ここ数年で、多くのSaaS企業がIPOを果たしましたが、まだARRを中心とした事業評価が普及し切ったわけではありません。そのため、大手企業がXaaS化していく際は事業内容だけでなく、どのように評価することが適切で、その評価基準を踏まえた上でどのような結果になっているのかも合わせて可視化し報告することが重要になると思います。 また、収益構造に併せて販売チャネルごとに、インセンティブ設計を見直すことになります。さらに、ユーザーの導入をサポートし、活用度をトラッキングし、それに応じた請求を行うことになります。サブスクリプションに併せたビジネスオペレーションの構築と運用も必要になるのです。

5. リスク評価とコミュニケーション

XaaS化にも当然リスクがあります。これまで売り切りモデルで提供していたものをサブスクリプションモデルで提供すると、移行期間中は売上、利益は確実に下がり、これらを受けて株価も下がる可能性が高いです。このような状況をどれぐらいのリードタイムで、どうすれば切り抜けるのか、それを実現できそうか、XaaS化の恩恵を受け、従来よりも売上、利益を向上させることができるのか、考え始めると確認したいことは山のように出てきます。これらを適切に評価するARRやUnit Economicsなどのメトリックスを準備し、透明性高く開示することが求められます。

この5点を精度高く、着実にクリアすることで初めてXaaS化を達成できるのです。そして、一時的に収益は下がりますが、売り切りモデルよりも幅広いプランを提供できることによって、より多くのユーザーセグメントに価値提供できます。例えば、エントリープランとしてフリーミアムを導入すると、ユーザーの裾野を圧倒的に広げることができます。さらに、シームレスなアップグレードの提案によりARPUの向上にもつながるのです。 決して楽なトランスフォーメーションではないですが、この過程を経ることで、サブスクリプションを通して、ユーザーとの継続的な関係構築ができ、予測可能な収益源の確保を実現するのです。

まとめ

XaaSの普及は不可逆的です。これまで売り切りモデルを採用していた企業からXaaS化を捉えると、会社全体をひっくり返して、再構築するレベル感でトランスフォーメーションが必要になります。販売時点で売上を認識していたビジネスをサブスクリプションに転換する場合、短期的に間違いなく売上は下がります。もちろんAdobeのようにXaaS化を正しく捉え、トランスフォーメーションができれば、質的にビジネスを進化させることができるのです。 XaaS化はプロダクト、エンジニアリング、ビジネスそれぞれの観点で、しっかりユーザーに向き合い、価値あるサービスを提供し続けるコミットメントと実行力が求められるのです。

参考文献

エンタープライズSaaSプロダクトマネジメント新規事業

著者について

宮田 善孝(みやた よしたか)。京都大学法学部を卒業後、Booz and company(現PwC Strategy&)、及びAccenture Strategyにて、事業戦略、マーケティング戦略、新規事業立案など幅広い経営コンサルティング業務を経験。DeNA、SmartNewsにてBtoC向けの多種多様なコンテンツビジネスをデータ分析、プロダクトマネージャの両面から従事。その後、freeeにて新規SaaSの立ち上げを行い、執行役員 VPoPを歴任。 現在、日本CPO協会理事、ALL STAR SAAS FUNDのPM Advisorに就任。米国公認会計士。『ALL for SaaS』(翔泳社)刊行。


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