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レセプトデータ×ECで拓く、セルフメディケーションの推進と医療費適正化|ホワイトヘルスケア株式会社 平井良樹氏

2023-9-22

ROUTE06 Research Team

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近年、医療費の高騰により、健康保険組合(以下、健保)の財政悪化・解散危機といった社会課題が話題となっています。企業健保の約8割が財政赤字を抱えており、また、協会けんぽの保険料率10%を上回る「解散予備軍」と呼ばれる企業健保も増えています。 2008~2021年度の間に111の企業健保が解散しており1、解散した健保の協会けんぽ移行によって国費負担は年120億円増加する可能性があるという試算もあります2

そのような社会課題の解決を目指し、患者自身の医療参画を促し、最適な医療を選択できるようにすることで、医療費の適正化を実現することをミッションに、三菱商事と東京海上ホールディングスの合弁会社として、2020年にホワイトヘルスケア株式会社が設立されました。

ホワイトヘルスケアは、2023年4月、OTC医薬品3・常備薬販売サイト「あなたの薬箱」をリニューアルオープン。「あなたの薬箱」は健保を通じて健保加入者(以下、組合員)に提供され、レセプトデータを活用しながら組合員に合った市販薬(OTC医薬品)を個別に提案することで、組合員の健康とセルフメディケーション4をサポートするECサイトです。今回は、「あなたの薬箱」提供の背景やその狙いについて、平井良樹氏に話をお聞きしました。

ホワイトヘルスケア株式会社

保険者事業部 部長 平井良樹氏

東京大学教養学部にて、日本の社会保障制度を学ぶ。総合商社に入社後、財務経理職を経て、ヘルスケア部門にてベンチャー投資を経験。2020年にホワイトヘルスケアを設立し、健康保険組合の運営支援サービス、及び医療費適正化を推進する保健事業サービスを立ち上げ。2023年よりスタートアップ業界向けの健康保険組合設立を目指す一般社団法VCスタートアップ労働衛生推進委員会の理事を兼任。

株式会社ROUTE06

プロフェッショナルサービス本部 プロダクトオペレーションマネージャー 馬場大佳

ソフトウェアエンジニアとして約8年、インフラからフロントエンドまで幅広く経験。2020年、ROUTE06入社後にプロダクトマネージャーへ転身し、現在はプロダクトオペレーションマネージャーとしてグロースフェーズを中心に支援。「あなたの薬箱」のプロダクト開発を担当。

「あなたの薬箱」概要

ホワイトヘルスケアが健保向けに展開する「あなたの薬箱」は、専門的知見を有する薬剤師が監修した組合員向けのOTC医薬品・常備薬販売サイトです。組合員は、所属する健保を通してOTC医薬品をインターネットで簡単に購入することができます。
「あなたの薬箱」は、健保が実施する保健事業として、健保の保有するレセプトデータを活用し、保険証を使った通院歴・服薬歴に応じて組合員それぞれに合ったお薬の飲み方を提案することに加え、組合員自身が普段何気なく飲んでいるお薬について、理解を深めるための様々な情報を提供します。

日本の医療財政の課題

馬場:ホワイトヘルスケアは三菱商事と東京海上ホールディングスの合弁会社として設立されましたが、平井さん自身はどのような立場で関わってこられたのでしょうか。

平井:ホワイトヘルスケアは健保向けの事業と保険薬局向けの事業の二つを展開しており、私は前者の事業の責任者をしています。

元々、三菱商事のヘルスケアの事業部に在籍し、東京海上ホールディングスと日本の社会課題である医療財政逼迫の解決に繋がる事業提携の検討を進めておりました。その中で、出てきた事業構想をもとに生まれたのがホワイトヘルスケアです。

そういった経緯もあり、創業メンバーとしてこの会社の事業構想時点から創業メンバーとして携わってきました。

馬場:まさに会社の立ち上げメンバーということですね。新規事業のアイディアを形にするために設立されたとのことですが、具体的にどのような事業を行っていますか。

平井:健保向けの事業と保険薬局向けの事業、どちらも「医療費の適正化に取り組む」というのが共通した価値観になっています。

健保の立場に代わって、データやデジタルツールの活用を通じて、薬局や患者の医薬品使用の適正化、ひいては医療費の適正化を目指す事業を複数のテーマで進めています。

馬場:この記事のメインテーマである「あなたの薬箱」も、健保向け事業の一環として「医療費の適正化」を目指して開発されましたね。このバックグラウンドにある課題感は何でしょうか。

平井:健保の立場と、患者の立場、双方に課題感がありますが、健保の立場では、国内における医療財政の逼迫という話が背景にあります。

医療に関わる人々には、医療従事者、病院、患者、医療機器や製薬メーカー等の色々なプレイヤーがいますが、極端な話ですが、医療費を適正化するインセンティブが最も働くのは、健保です。

事業や収益の構造を見ると、医療機関は患者が増えることが収益増加につながりますし、製薬や医療機器メーカーも同様です。患者さんも医療費支出を抑制したいというよりは、同じ保険料を払っているのだったら出来る限り良い医療サービスを受けたいと思う方もいると思っています。

皆さんが払っている健康保険料を見てみると、平成20年の企業健保の平均保険料率は7.4%でしたが、現在9.3%まであがっています。この15年で保険料率は約2%上がっていることになります。月収に対しての2%と考えるとインパクトは大きいですよね。

中小企業が加入している協会けんぽで考えると、現在の保険料率は平均10%でその半分を会社が負担しているので、個人の手取りから保険料として5%程度が引かれている計算になります。

このようにみなさんのお財布にもインパクトがある健康保険料ですが、基本的に給与天引きで納付を行うため、なかなか認識しづらい点も大きな特徴です。

医療費が逼迫して国民負担が増加している中、医療費を適正化させたいというモチベーションが一番高いのは健保をはじめとする保険者です。一方で、特に比較的小規模で運営している企業健保は、医療費をコントロールするための十分なリソースや医療・医薬品に関する専門知見をお持ちでないことがほとんどです。

そこで、医療費適正化のために必要なソリューションをサービスとして提供するのがホワイトヘルスケアの事業になっています。

組合員に直接届けるECで、患者の医療参画を

馬場:「あなたの薬箱」は、どういった形で医療費の適正化に貢献することを描いているのでしょうか。

平井:先ほど会社の価値観として医療費の適正化についてお話ししましたが、それに加えてもう一つ、「患者の医療参画」を企業のミッションとして掲げています。

患者さん自身が医療のことをもっとよく理解したり、適切なナビゲーションを受けたりすることによって、自分の症状や健康状態に合わせて最適な医療サービスを選べるようになることを「患者の医療参画」と呼んでいます。患者の医療参画が進んでいくことで、費用対効果の高い医療サービスが選択されるようになり、結果的に医療費も適正化されていくと考えています。

「あなたの薬箱」というサービスも、患者の医療参画を促すことと医療費の適正化を同時に実現することがゴールです。OTCの医薬品をうまく活用できるような環境を、健保様を通じて提供することで、軽度な疾患や体調不良に対して患者さんが自分で最適な医療を選べるようにするための補助となるサービスを拡充していきたいと思っています。

馬場: 患者さん自身が医療に参画する、つまりセルフケアできるようになるために、「あなたの薬箱」はどのような特徴を持っているのでしょうか。

平井:「あなたの薬箱」は、B2B2C(もしくはB2B2E)のプロダクトとして健保様を通じて組合員の皆さんにサービス提供することに特徴があります。

健保様を通じて、サービス提供を行うことのメリットの一つに、健保様が持つ組合員の医療データであるレセプトデータを活用して、取組の効果最大化や効果検証を行うことが出来る点があります。

OTC医薬品の価値を広めたいというだけであれば一般向けのサイトでやればいいのですが、レセプトデータを活用することで、「こういう傾向のある人は市販薬の活用によって、最適な治療方法を選択出来るのではないか?」という分析と、ユーザーである組合員に向けたお薬の提案を同時にやっています。

常備薬のECサイト自体は、既にあるサービスですし、レセプトデータの分析も行なわれていますが、レセプトデータの分析とリアルな医薬品の販売を組み合わせて提供しているのは私たちが初めてで、大きな価値の一つであると考えています。

私たちの事業展開の根底には健保様のお役に立つソリューション提供を行いたいという気持ちが常にあります。

事業開始当初は健保様の持っているデータを活用して、削減できる医療費についてコンサルティングするイメージを考えていましたが、データ分析による課題抽出だけではなく、本当にその課題を解決していく為に、健保の組合員の方の行動変容にまで関わるサービスを作るべきだと考えるようになりました。

私たちのサービスは、実際に組合員の皆様に、OTC医薬品というモノを届けることが出来るという部分をとても大事にしています。

セルフメディケーションによる医療費の適正化効果が大きいという仮説があり、厚生労働省や健保様とも問題意識を共有することができたこともあり、保険診療の代替手段として、OTC医薬品を安く提供できたり、自分に合わせた薬を便利に選べたりするサービスを開発していくこととなりました。

組合員の行動変容を起こすため、健保の情報発信を後押し

馬場:健保さんを通してユーザーである組合員向けに販売するという座組のプロダクトを開発する上で、常に意識してきたことはどんなことでしょうか。

平井:一番大きいのは、ECサイトという事業ではありながら、単純に売上だけではなく「ユーザーの行動変容に繋がるかどうか」を、事業の目的として最重視した点です。ECサイトなのでモノが売れることは大事ですが、組合員の方にとって、OTC医薬品の活用可能性について意味のある情報を持ち帰ってもらうためにどういった設計ができるか。工夫の必要なところでした。

健保様としても、このECを通じて売上をあげたいわけではないのです。組合員の皆さんに「みなさんが病院と薬局でもらっている薬の中には、市販薬で買える医薬品があるんだよ」とか「OTC医薬品を賢く使うことが出来れば、ちょっとした体調不良にも対応出来るんだよ」という有益なメッセージを伝えたいと思っているんです。

一方で、組合員の方はその情報だけを受け取ってもあまりピンとこないことも多いと思います。「薬を買う」といった日常生活における行動をフックに、健保様が発信したいメッセージを組合員の方に提供することができる仕組みを用意することで、行動変容に繋げることを意識してきました。

加えて、私たちは健保様と取り組んでいるセルフメディケーションの保健事業によって、医療費の適正化効果がどのくらいあったかということを国に報告して補助金を頂いています。そういった意味でも、「あなたの薬箱」を通じた医療費の適正化効果は意識していますね。

馬場:どのようにして医療費適正化の効果を測っているのですか。

平井:一義的には、実際の健保が負担する医療費の請求データであるレセプトデータから測定しています。「あなたの薬箱」を使ってもらい、お薬や健康に対するリテラシーが高まった結果として、本当に患者の受診行動が変化しているかをレセプトデータから検証しています。組合員約1万人超の健保様で、弊社サービスを導入頂いた結果、数百人程度の行動変容を認めることが出来ました。

実際に、デプスインタビューで話をすると、「病院でもらうお薬と同じ成分のお薬がここで買えるんだ!」とスイッチOTC医薬品の存在や効果をこれまで知らなかった患者さんに、新しい選択肢を提供出来ていることも分かってきています。

実は、セルフケア・セルフメディケーションというのも、日本では昔から馴染みのある概念でもあります。家に常備薬の薬箱を置くという文化は日本に元々あったと思います。最近では医療も高度化し、医療へのアクセスも向上しましたが、自分の体調に合わせて市販薬を使用することや、自分に合った薬選びが出来るようになっておくことは、変わらず重要なことだと思っています。

馬場:「あなたの薬箱」がやろうとしているのは、すごく遠い距離の話ではなく、元々やっていたことに別の新しい形で近づけていくような取り組みですよね。今回の「あなたの薬箱」のプロダクト開発において、どんなところに難しさを感じましたか。

平井:売上をあげることが目的のECサイトではなく、組合員のリテラシーを高め、行動変容を促すような売り場を作りたいという健保様のご要望に応えながら、プロダクトを作っていくことはとても難しさがありました。物を売るだけではないECサイトの価値をどう考えていくか、薬を選ぶというプロセスや体験をどのように変えることが出来るかという点をたくさん議論しながら、プロダクトを開発していくことになりましたね。

馬場:販売主体というか、お薬を持っている場所は別にあるし、という立て付けですよね。 その体制をどうシステムに落とし込んでいくかは苦労しましたね。今回、ECとして商材が豊富にある、CSや発送体制ができているというのも前提としてありつつ、いかにホワイトヘルスケアさんが健保さんと良い関係を築くかがプロダクトの成否にかかってくるように感じていました。

平井:そうですね。「あなたの薬箱」は健保様が、このシステムの導入にメリットを感じてらえるかということと、実際にユーザーである組合員の方々が利用して購入してもらえるかという2段階になっていて。まずは健保様にこれは組合員に提供したい!と思ってもらうことが大前提でした。

本人にメリットのある医療データ活用

馬場:「あなたの薬箱」について、今後どのような構想をお持ちですか。

平井:単なるECサイトだけではなく、健保様の持つデータを活用することで、一人一人の健康課題に合わせた情報発信や、健康課題の解決につながる商品・プロダクトとの連携を進めていきたいと思っています。

OTC医薬品以外でも、例えばオーラルケア商品等をサイトで扱うといった取扱テーマの拡大なども考えています。ただ良い歯ブラシを売るだけではなく、その前段である特定の健康課題を持つ人をデータから抽出して、 それに合った情報を発信して役に立つ商品を提案するということとセットでできれば、健保の方々、組合員の方々どちらにとっても良い取り組みになると思っています。

馬場:一気通貫のデータの流れを作ってユーザーの方々が行動変容を起こすことで、大元の目的である医療費の適正化に繋げることができると良いですよね。

平井:医療データの活用方法については、国も企業も様々な流れや意見もありますが、ユーザーの日々の生活に具体的、わかりやすいメリットをもたらす活用事例をしっかりと作っていきたいと思っています。医療費の7割を負担し、組合員の健康を預かる健康保険組合の立場だからこそ出来ることであり、我々も健保様を通じて、新しい価値提供を支援していきたいと思っています。

撮影:大竹 宏明

脚注

  1. 大和総研「財政悪化に直面する健康保険組合」

  2. 第196回国会 厚生労働委員会 第25号

  3. 薬局・薬店・ドラッグストアなどで処方せん無しに購入できる一般用医薬品

  4. 自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てすること

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著者について

ROUTE06では大手企業のデジタル・トランスフォーメーション及びデジタル新規事業の立ち上げを支援するためのエンタープライズ向けソフトウェアサービス及びプロフェッショナルサービスを提供しています。社内外の専門家及びリサーチャーを中心とした調査チームを組成し、デジタル関連技術や最新サービスのトレンド分析、組織変革や制度に関する論考、有識者へのインタビュー等を通して得られた知見をもとに、情報発信を行なっております。


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