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"長期的な視点"によって加速する、大手企業のデジタル・トランスフォーメーション|ジャフコ グループ井坂省三氏
2023-4-7
デジタル・トランスフォーメーション(DX)をはじめとした大手企業の変革に必要なことは何か──そのポイントをベンチャーキャピタル(VC)のパートナーの視点から語っていただく連載「VCから見た、大手企業の変革論」。第4回はジャフコ グループ パートナーの井坂省三さんにお話を伺いました。
井坂さんは「長期的な視点を持つことが大切」と言います。大手企業においてDXを推進していくポイントは何か、そしてスタートアップ側が大手企業との連携で意識すべきことは。井坂さんの大手企業変革論に迫っていきます。
数年後にDXは劇的に進んでいくはず
──井坂さんの考えるDXの重要性について教えてください。
日本の生産年齢人口(15〜64歳)は1995年をピークに減少しており、2050年には5275万人(2021年から29.2%減)に減少するとも言われています1。それにより、今後日本は労働力の不足、国内需要の減少による経済規模の縮小といった課題が浮き彫りになるはずです。
その課題を解決する手段として、大きく2つの選択肢があります。移民などで生産年齢人口を増やすか、もしくは一人当たりの生産性を上げることです。諸外国と違い、日本で移民の受け入れが急速に進むとは考えにくい。そうなると、一人当たりの生産性を上げていくしか道はないわけです。その生産性向上において、DXは大きな意味を果たすと思っています。
また、DXは大手企業が再び成長曲線を描いていくために欠かせないものです。私たちはベンチャーキャピタリストという仕事柄、普段はスタートアップと接する機会が多いわけですが、どれだけ彼らの勢いが良くても、それは日本全体の経済から見るとほんの一部でしかありません。日本経済を再び活性化させていくためには、大手企業が元気にならなければいけないと思っているので、その意味でもDXの重要性は高まっていると思います。
──日本の大手企業のDXの現状をどう捉えていますか。
黎明期は超え、飛躍期になりつつあるという認識です。大手企業のDXは30〜40代の担当者が決裁権を持って推進し始めているので、ここから本格的に加速していくのではないかと思っています。ただし、DXは社内システムをオンプレミス型からクラウド型に置き換えたから終わりという話ではなく、ずっと続いていくものです。本当の意味でトランスフォーメーションしていくのは、ここからだと思っています。
──DXを推進していくにあたっての課題は何だと思いますか。
個人的には、あと3〜4年経てば状況は劇的に変わっていく気がしています。日本のGDP(国内総生産)はまだ世界3位ですし、国内には製造業や建築、不動産、金融、医療など市場規模が大きい業界がたくさんあります。高度経済成長期に構築された仕組みやルールは当時は効率的だったのかもしれませんが、時代の流れとともに企業を取り巻く環境も変化しました。昔のやり方を続けるのではなく、今の時代のテクノロジーや技術に即したやり方に変えていった方が生産性も上がっていくはずです。
もちろん、どの企業にも特有の仕組みがあり、そこをガラッと変えていくのは簡単な話ではありません。特にさまざまな要素が複雑に絡み合う大手企業であれば、なおさらです。DXは一定時間はかかってしまうものですが、ここから変わっていくと思います。
その背景にあるのが、いわゆるミレニアル世代やZ世代の存在です。今後、デジタル技術に抵抗のない世代が生産年齢人口の過半数を占めるようになっていきます。その世代が決裁権を持つようになると、新しい選択肢に対する許容度も広がっていくはずです。
彼らはフラットな視点から「良いものは良い」と考えるはずですから、合理的な選択肢として、DXにも積極的に取り組んでいくでしょう。ですから、個人的には数年後、日本のDXに関する状況は大きく変わっていると思います。
DX推進のポイントは「長期的な視点を持つこと
──DXを推進していくためのポイントは何だと思いますか。
先ほども言いましたが、DXは社内システムをオンプレミス型からクラウド型に変えたから終わり、という話ではありません。ずっと続いていくものです。
例えば、社内のさまざまな場所に散らばっているデータを一元化したり、クラウド上にあるデータをAIに読み込ませて新しい計算結果をつくったり、今まではブラックボックス化されていた属人的なノウハウを形式化するといったことは一定の時間を要します。
しかし、大手企業では“3年間”といったような期限つきでDX担当者がアサインされることが往々にしてあります。3年が経ち、その担当者が離れてしまった結果、その後はDXが推進されていかなかった、というのは勿体ないことです。個人的には、日本経済が再び成長していくタイミングは今がラストチャンスに近いと思っているので、大手企業は「DXはずっと続くもの」という認識で、長期的な視点を持って取り組んでほしいと思っています。
──ちなみに、ここ数年で大手企業側のスタンスに何か変化を感じられますか。
スタートアップのことを理解してもらえるようになったと思います。それこそ、ベンチャーキャピタルの存在も認知され始めた感覚があります。それは十数年も前にスタートアップを立ち上げた先人たちが、会社を大きく伸ばしていっているからこそです。その結果、ここ10年で大企業からスタートアップに転職する人たちも増えました。そうした変化によって、大手企業とスタートアップの取り組みも少しずつ増えてきた感覚があります。
──スタートアップは大手企業と連携するにあたって、何を意識すべきですか。
大手企業はスタートアップと連携するにあたって、自分たちにどんなメリットがあるかを考えます。もちろん、相手側のメリットを考えることも大事ですが、スタートアップはそれに振り回されすぎないことは意識した方がいいと思います。相手側のメリットだけを追求した結果、自分たちが目指している方向性と違うことに多大なリソースを割いてしまい、自分たちが本当にやりたかったことができなくなってしまいます。
そうならないために、まずは大手企業側の担当者とお互いがWin-Winになる関係は何かをきちんと話し合って進めていくべきだと思います。あとは、スタートアップは決裁の仕組みや求められる品質のレベルなど、大手企業の構造を理解しておくべきでしょう。
──最後にDX推進にあたって、スタートアップに期待することは何でしょうか。
スタートアップの良さは特定領域に集中し、一点突破でスピーディーに何かを成し遂げていく点にあります。そこに熱量の高い人たちが集まって、取り組みを加速させていく。最初は規模は小さいかもしれないですが、そういうものが世の中を変えていき、新しいスタンダードをつくっていくものです。そうしたスタートアップの姿に心が動かされると思っているので、軸はブラさずに突き進んでいくことを期待したいです。
撮影:大竹 宏明
著者について
ROUTE06では大手企業のデジタル・トランスフォーメーション及びデジタル新規事業の立ち上げを支援するためのエンタープライズ向けソフトウェアサービス及びプロフェッショナルサービスを提供しています。社内外の専門家及びリサーチャーを中心とした調査チームを組成し、デジタル関連技術や最新サービスのトレンド分析、組織変革や制度に関する論考、有識者へのインタビュー等を通して得られた知見をもとに、情報発信を行なっております。