ROUTE06

Research

GitLab – 「フルリモート」を競争優位とするコーポレートデザイン

2023-4-21

見浪 康平 / Kohei Minami

シェア

バージョン管理ツールやCI/CDなどモダンなソフトウェア開発に必要なDevOpsプラットフォーム「GitLab」を開発/提供する米国のテクノロジー企業GitLab Inc.(以下GitLab)は、世界で約2,000人の全社員がフルリモートで働く会社です。

リモートワークはコロナ禍を契機に新しい働き方として市民権を得ました。しかし、コミュニケーションの断絶やマネジメントの難しさ、従業員のバーンアウト等の様々な課題があり、コロナウイルス感染拡大が落ち着きを見せた足元では、オフィス回帰を打ち出す企業も少なくありません。

本記事では、GitLabのフルリモート・非同期での働き方を可能とするコーポレートデザインや運営手法にフォーカスを当ててご紹介し、次代の組織モデルや働き方に関するインサイトを得たいと思います。

GitLabの歩み

GitLabの始まりはソフトウェアエンジニアDmitriy Zaporozhets氏(創業者)の個人プロジェクトでした。Zaporozhets氏はソフトウェア開発を行っている中で、使い勝手の良いコラボレーションツールがないことに不便を感じ、2011年に1人でオープンソースプロジェクトとして開発を始めました。

公開されているZaporozhets氏のコードの美しさに以前から感銘を受けていた同じくソフトウェアエンジニアのSid Sijbrandij氏(共同創業者 現CEO)は、Zaporozhets氏の「GitLabプロジェクトにフルタイムで取り組みたい」というツイートを見かけたことで、同氏にコンタクトしました。この2人の出会いをきっかけに、2014年に両氏はGitLab Inc.を創業するに至りました。

Sid Sijbrandij氏はGitLab上場時のS-1の中で、創業前のZaporozhets氏のことを以下のように回顧しています。

GitLab did not start in a tech incubator, garage, or Bay Area apartment. In 2011, my co-founder, Dmitriy Zaporozhets, created GitLab from his house in Ukraine. It was a house without running water, but Dmitriy felt that not having a great collaboration tool was a bigger problem than his daily trip to the communal well.1

同社の提供する「GitLab」は、バージョン管理・イシュー管理・コードレビュー・CI/CDなど、モダンなソフトウェア開発に必要なDevOpsプラットフォームです。

元々は類似サービス「GitHub」の後発でしたが、機能拡充やMicrosoftによるGitHub買収によるユーザー離反を追い風に、徐々にユーザー数を伸ばしてきました。世界的なアクセラレーターY Combinatorへの採択や複数回の調達ラウンドを経て、2021年10月には約1.2兆円(当時為替レート)の時価総額でNASDAQ市場への上場を果たしました。

現在では世界60ヶ国以上から約2,000人の従業員が参画し、3,000人以上2のCode contributorを誇る一大サービスとなりました。Goldman Sachs、NVIDIA、T Mobileなど世界的なエンタープライズ企業でも多く利用されています。3

エンタープライズ向けのOSS(Open Source Software)は今後も市場拡大が期待される領域であり、同社のさらなる成長が期待されます。

GitLabの特徴的なコーポレートデザイン

GitLabは自律型かつ分散型の組織を実現するため、極めて特徴的なコーポレートデザインや運営手法を持っています。本章では以下の内容を具体的に見ていきたいと思います。

1) All Remote - 全社員2,000人がフルリモート 2) Handbook - すべて文書化する 3) Internal Communication - ミーティングよりもSlackで 4) Minimum Viable Change - 最小単位に分割し、早くフィードバックを得る 5) Managers of One - 自分自身がマネージャー 6) Informal Communication - 交流を誘発する様々な仕組み

1. All Remote - 全社員2,000人がフルリモート

GitLabは2014年の創業以来一貫してオフィスを持たずにAll remote(フルリモート)で運営されてきました。現在では世界60ヶ国以上から約2,000人の従業員が働いていますが、変わらずに全員がフルリモートで働いており、それはCEOをはじめとしたCクラスの経営陣も同様です。

採用やオンボーディング、社員の解雇まであらゆる活動がリモートで行われており、オフィシャルに社員がリアルで顔を合わせるのは年に1回、社員が自由参加で集まる”GitLab Contribute”(社員がオフラインで集まる数日間の合宿イベント。コロナ禍以前はギリシャやメキシコなどで開催)の時だけです。

Previous GitLab Contributes (Formerly Summits) https://about.gitlab.com/company/culture/contribute/previous/

時差がある世界各国に従業員が分散しているため、決められた労働時間(コアタイム)がなく従業員は好きな時間に働くことが認められています。したがって、後述する社内コミュニケーションをはじめ、非同期を前提とした働き方が基本となっています。

現在の働き方の主流とも言えるオフィス勤務やオフィス/リモートのハイブリッド勤務とは異なる完全なるフルリモートを実現したことで、GitLabは居住地の制限なく世界中から優秀な人材を採用できるという大きなアドバンテージを得ました。また世界中から多様な人材を採用することで組織のダイバーシティ向上にも寄与していると考えられます。

個人の観点からも、例えば配偶者の転勤、育児や介護など個人的理由で転職や退職を余儀なくされることがなく、GitLabで継続してキャリアを積みやすくなります。同社のAll remoteは従業員1人1人のキャリアや人生を充実させ、エンゲージメントを高めることに大きく貢献していると推察されます。

そんなAll remoteを可能にしているのが、次項以降で見ていく数々のコーポレートデザインと仕組みの存在です。

2. Handbook - すべて文書化する

リモートワークを行う際にボトルネックとなりやすいのが、コミュニケーション不足によって情報やプラクティスの共有が進まない、指針やカルチャーが十分に浸透しないことです。しかしGitLabでは、全社員が閲覧・編集できる「ハンドブック」4と呼ばれるWikiのようなツールが整備されています。ハンドブックには同社のミッション・ビジョン、運営指針、仕事や会議のTips、詳細なオンボーディングガイド、給与計算、マニュアル等が網羅的かつ事細かに文書化されており、現在の総ページ数はなんと2,700ページ3を超える大作となっています。

ハンドブックはWeb上で一般公開もされており、世界の誰もが閲覧することができます。(プロダクトの)GitLabの「Merge request」を通じて更新提案も可能であり、頻繁にアップデートが行われています。ハンドブックは、同社のコアカルチャーとも言える情報の透明性やOSSの思想を象徴する存在と言えるでしょう。

実際にGitLabでは”Working handbook-first” が標榜されており、ハンドブックの存在や内容を非常に重要視しています。ハンドブックは社員が困った際や悩んだ際の判断基準や拠り所になっており、きちんとドキュメント化されていることで、新入社員や同じ疑問を持った別の社員が後日同じ質問することが避けられるなど、コミュニケーションコストの低いオペレーション実現に大きく寄与しています。

それぞれの部門やチームが設定したOKR(Objectives and Key Results)もハンドブック上でドキュメント化されており、その達成度とあわせて全社員に公開しています。これによって他の部門やチームの業務内容、考え、目指している方向性について理解が深まり、チームや部門間でのサポートやコラボレーションが生まれやすくなります。

社員がドキュメンテーションやハンドブックの整備/更新に多くの時間を取られるというデメリットはあるものの、正確かつ網羅的な情報を透明性高くオープンにしておくことで、中長期的にはワークフローの効率化やスピードアップに繋がります。このようにGitLabのハンドブックはフルリモートかつ非同期を前提とした働き方を実現する競争優位の源泉と言えるでしょう。

3. Internal Communication - ミーティングよりもSlackで

GitLabの社内コミュニケーションは非同期かつオープンな社内公開が基本です。時差などで働く時間がそれぞれ異なるため「相手が画面の前にいない前提で仕事をするスタイルが定着している」と言います。5

日常のコミュニケーションはZoom等のビデオ会議やメールではなく、社内で公開されているSlackのパブリックチャンネルを使ってテキストベース(非同期)で行うことが推奨されています。またSlackも当事者以外が閲覧できないDMは極力使わず、可能な限りパブリックチャンネルでポストすることが推奨されています。

1on1ミーティング(雑談やメンタリングの観点から1on1は推奨)は例外として、そもそもミーティングは必要か、SlackやGitLab Issueなど非同期で実施できないかを検討する習慣が根付いており、必ずしもミーティングの開催は推奨されていません。実際、ハンドブックにはミーティングの断り方も記載されています。

難しい課題にじっくりと考えたり、集中してタスクに取り組んでいる時に、頻繁にミーティングがあったり、隣の席から声をかけられると集中したフロー状態に入ることが中断されてしまい、質の高い仕事ができません。”Deep work”の観点からもGitLabでは非同期でのコミュニケーションを推奨しているのです。

An asynchronous mindset enables everyone to take a step back and assume that whatever we're doing is done with no one else online. It removes the burden of an endless string of messages you must respond to immediately.4

またミーティングを行う場合は、ミーティング主催者は必ず事前にアジェンダを作成し、参加者へ事前に展開することが求められます(”No agenda, no attenda”の標榜)。参加者側もあらかじめ内容確認や質問事項を用意しておくなど、参加準備をきちんと行います。

当然ミーティングは時間厳守が徹底されています。またビデオ会議には原則Zoomを使用しますが、カメラは原則オンとされているのも興味深い点です。これはカメラがオンの方が、参加者の表情やボディランゲージを通じて入手する情報が増えること、かつ顔を出した質の高いコミュニケーションによって、その後の非同期コミュニケーションがやりやすくなることを狙ったものだと言います。5

参加できない人やタイムゾーンが異なる人のためにミーティングの録画も推奨されており、加えて議事録をしっかりドキュメントに残すことで、参加できなかった人が後で内容をキャッチアップできるようにしています。

ちなみに大量の社内ミーティング録画がYouTube上で一般公開されており、同社の徹底したオープンな姿勢には驚かされます(公開予定のミーティングについては、顧客名をはじめとしたコンフィデンシャルな情報は口に出さないように徹底されているようです)。

これら以外にもユニークなミーティングルールがハンドブックには記載されています。

  • ミーティング中に他のことを行うことで、ミーティングに集中できなくても構わない
  • ランチタイム中の社内ミーティングは食事しながら参加しても構わない(ただしマイクはオフにすること)
  • コミュニケーション活性化のため、子供やペットなどがカメラに映ることを歓迎

4. Minimum Viable Change - 最小単位に分割し、早くフィードバックを得る

テック企業であり、多くのソフトウェアエンジニアが働くGitLabではソフトウェア開発における方法や思想があらゆる仕事の進め方に根付いているように感じます。

同社のプロダクトGitLabのMerge requestを通じたコードレビューや承認プロセス、過去の変更経緯が記録に残り更新箇所が把握できるバージョン管理など、GitLabを使いソフトウェア開発の優れた仕事の進め方やプラクティスが積極的に用いられています。

GitLabでは”Minimum Viable Change”(最小単位の変化)と呼ばれる原則があります。担当者は自身が書くコードやドキュメントなどのタスクを小さな単位に分割し、時間をかけず完成する前の状態でも次の担当者やレビュアーにそれを回します。

このアプローチを採用することで、誰か特定の人の作業完了を待つことによって全体のワークフローが止まったり、停滞することが回避できます。また早いタイミングで他のメンバーが問題点を指摘できたり、幅広く知見やフィードバックを取り入れることができるため、継続的かつ効率的にプロダクトの完成度を高めることが期待できます。

GitLab Values (Iteration) “We do the smallest thing possible and get it out as quickly as possible”4

小さな単位かつ早いタイミングでコミットすることで、他のメンバーはその担当者が何に取り組んでいて、どんなことに困っているかを知ることができます。これによって作業のコンフリクトや重複を防止する効果も期待できます。さらに言えば、小さな取り組みであっても成功と前進をテンポ良く感じることで、チームに必要な自信や勢いをもたらす効果も期待されると考えられます。

5. Managers of One - 自分自身がマネージャー

GitLabのマネジメント手法も特徴的です。

フルリモート環境下にあることから、マネージャーはチームメンバーの隣で事細かに管理や指示することができません。そこで同社の社員は自らが自身のマネージャーであるというマインドを持ち、各自がリーダーシップとオーナーシップを持つことが求められます。GitLabにも組織階層は存在しておりマネージャー・ディレクター・VPといった職階も存在しますが、マネジメントの根幹は各メンバーのSelf-leadershipと自律自走にあると言えるでしょう。

また社員は労働時間の長短ではなく成果で評価されるため、1日の使い方に決まったルールはなく時間管理は個々の社員に委ねられています。マネージャーがメンバーのマイクロマネジメントを行うことは想定されておらず、「メンバーの長時間労働が懸念される場合以外は、マネージャーは労働時間について言及してはいけない」とCEOのSid Sijbrandij氏は述べています。6

むしろ、GitLabのマネージャーの主な仕事はメンバーのケアや、成長を促しモチベートすること、そして非同期プロセスの円滑化にあります。同期型のミーティングを必ずしも推奨していない同社ですが、マネージャーとメンバーによる1on1については毎週1回の実施を推奨しており、1on1での相談や雑談を通じて上記を達成することを重視していることが伺えます。

一般的なマネジメントは、同期型を前提にチームメンバーに対する指示やタスク管理など、ともすればマイクロマネジメントになりがちです。しかし非同期でフルリモートであるGitLabのマネージャーの最も大事な仕事はメンバーを助けること/支援することであり、サーバントリーダーシップが求められていると感じます。

6. Informal Communication - 交流を誘発する様々な仕組み

フルリモートで働くことで懸念されるのが、燃え尽き症候群(バーンアウト)や孤立など、社員のメンタルヘルスです。GitLabではこれらを抑止するためのメンバー間の交流やインフォーマルなコミュニケーションを誘発するデザインが意識的に取り入れています。

例えば以下が挙げられます。

  • Coffee chat:積極的なカジュアルコミュニケーションを推奨している。またペアリングアプリDonutを使って、ランダムに社員同士のペアを作ることも可能であり、ペアを組んだ社員は1on1での雑談や自己紹介を通じて、普段交流しない人とコミュニケーションを取ることが可能
  • Informal Slack channel:Slackに多くの趣味やテーマごとのチャンネルが作られており、趣味やテーマに関するコミュニケーションが日常的に発生している
  • Social hour:Zoomを使ったランチ会やピザパーティ、経営陣に自由に質問できる質問タイムなどが設けられている6
  • Team DJ Zoom Room:ZoomにDJルームを設けている。聴いているメンバーは作業に没頭しつつも、他のメンバーと共通の音楽を聴くことで一体感やコミュニケーションを得ることができる
  • Coworking call:決まった時間にオンライン上で集まって協働して同じタスクに取り組んだり、作業をしながら雑談を行う

リモートワーク環境はどうしてもコミュニケーションが少なくなり、またオン/オフの境目も設けづらいため、コミュニケーション不足や働き過ぎが起きやすくなります。GitLabではこれらを抑止するために業務外のコミュニケーションや交流、セレンディピティを誘発するユニークな仕組みが多く見受けられます。

おわりに

2017年のインタビユーにおいて、Sid Sijbrandij氏が「全員がリモートで働くというビジネススタイルで最も大変なことは?」と質問を受けた際に「資金集め」と即答しているのは興味深い点です。当時はフルリモートで働くことで組織の成長に弊害が起きないかを懸念する投資家が多く、資金集めに非常に苦労したそうです。7

Gitlab's Secret to Managing 160 Employees in 160 Locations - Y Combinator https://www.youtube.com/watch?v=e56PbkJdmZ8

コロナ禍を経てリモートワークが市民権を得た現在では当時とは受け入れられ方は違うと推察されます。しかし、GitLabの標榜するAll remoteとそれを実現するコーポレートデザインやカルチャーは、確かに誰しもが簡単に受け入れ、真似できることではないかもしれません。

例えば、社員の多くがgitやブランチの概念、GitLab(プロダクト)の一連の操作、Zoom等のコミュニケーションツールに慣れており、一定程度テクノロジーに精通していることが必要となるでしょう。実際に、MarkdownとMerge requestを組み合わせたハンドブック修正のプロセスは万人向けではないと言います。5

テキストコミュニケーションが主体となることから、ドキュメントを簡潔かつ理解できるように書くライティング能力や、表現の配慮・気遣いがあらゆるコミュニケーションで不可欠となります。これも誰もが最初から簡単にできることではなく、ある程度の訓練や慣れが必要と言えるでしょう。

またマネージャーによる管理や監視が効きにくい(そもそもそれを想定していない)ため、社員はある意味でサボることが容易な環境に置かれます。個々の社員には高いパフォーマンスを発揮するために自らを律しモチベートする能力と自身の健康やメンタルヘルスを維持する自己管理能力が求められます。

GitLabのフルリモートや非同期を前提としたコーポレートデザインが、どういう形でPLやKPIに表れてくるか、競合との差別化に繋がるかは今後興味深い点です。開示が確認できる範囲では3期連続で最終赤字を計上しており、マクロ環境の逆風が吹く中で真価が問われる局面にあると言えるでしょう。(他のテック企業と同じく、レイオフ(全従業員の7%相当)を2023年の2月に発表しました8

他方でフルリモートによる採用競争力の高さやオフィスを持たないがゆえの低コスト運営、ハンドブック等が実現する効率的なオペレーションは、競合他社が簡単には模倣できないGitLabの大きな競争優位です。実際、同社の販売費及び一般管理費(対売上高)の比率は未上場当時と比較して減少傾向にあり、さらなる浸透・改善を通じてより一層の効果が出てくる可能性もあります。今後の同社の動向については、引き続き注視したいところです。

全社員がフルリモートで働くGitLabのユニークなコーポレートデザインや運営手法をご紹介しました。本記事が次代の組織のあり方や個人のパフォーマンスを最大限発揮できる環境づくりを検討するきっかけとなれば幸いです。

参考文献

働く環境リモートワーク経営DevOpsCICDエンタープライズ従業員エンゲージメントオープンソースバージョン管理文書共有タスク管理

著者について

見浪 康平(みなみ こうへい)。慶應義塾大学経済学部を卒業後、有限責任監査法人トーマツ、PwCアドバイザリー合同会社を経て、楽天グループ株式会社でM&A・JV出資・スタートアップ投資等をリード/執行。2022年、株式会社ROUTE06入社。社長室長として財務・事業開発・マーケティングを担当(公認会計士)


新着記事

Transformation

プロダクト開発におけるこれからの要件定義

要件定義は、プロダクト開発の成功を左右する重要なプロセスです。効率性や柔軟性を追求し、DX時代の価値創造を支える新しい視点を探ります。

詳細