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デジタル新規事業立ち上げにおける着眼点

2022-6-29

遠藤 崇史 / Takafumi Endo

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業界業種に関わらず大手企業の新規事業において、昨今では新しいデジタル技術の活用が前提となっている事例も少なくありません。SaaSなどのツールを活用することで短期間かつ低コストで運用可能なオペレーションを構築することに加え、取引先や生活者などのエンドユーザーにとって直感的かつ使いやすいユーザーインターフェースを実現するための手段や手法などが盛んに議論されるようになりました。AI/機械学習を活用したヘルスチェックやブロックチェーンを活用したセキュアかつ短期間で実施できる海外送金など、新しい技術によってこれまでには実現できなかった体験やサービスも日々生み出され続けています。

またモバイルデバイスの普及によって、新しいサービス・製品・ブランドを初めて認知するきっかけがリアルなメディアやTVCMなどの広告ではなく、SNSや動画サイト等のオンラインサービスというケースが当たり前になりつつあります。店頭や対面などリアル接点とスマートフォンやパソコンなどのデジタル接点では、同じ商品・サービス・ブランドであってもユーザーが抱く印象は異なり、双方のチャネルで同じメッセージやクリエイティブでマーケティングを実施したとしてもその反響が異なることは少なくありません。実際に同じ品揃えでもリアル店舗での売れ筋商品とECサイトでの売上ランキングが一致しないことも一般的です。

従来のリアルチャネルを主軸に事業を展開してきた伝統的な大手企業においても、B2C/B2Bに関わらずデジタルチャネルが商品及びサービスの最初のブランド認知の場となる、もしくはリアルチャネル利用もデジタルチャネルを経由して行われる機会(例 BOPIS:Buy Online Pick up In Store、ECサイトで購入した商品を店頭で受け取るサービス)が増加していくことが予想されていくなかで、デジタルファーストでの商品及びサービス設計、販促マーケティングプラン等への対応がより求められていきます。そのような背景のなかでデジタルサービスを基軸とした新規事業を起案する際に指針となり得る着眼点についてご紹介します。

対象市場におけるデジタルネイティブ層とは

デジタルネイティブとは対象市場において「相対的に新しいデジタルツールを活用した情報収集を積極的に行う傾向にあり、かつ情報発信力のある顧客」を想定しています。例えばコンシューマー市場においてモバイルアプリの活用や決済などは当たり前に行われているため、その市場においてはデジタルネイティブならではのアクティビティとも言えませんが、伝統的な製造業において受発注の仕入取引において契約手続きにDocuSignなどのモバイルアプリを活用している企業やビジネスパーソンは現時点では相応に少なく、対象市場においてはデジタルネイティブ層と言えるでしょう。そのような顧客属性の方々は新しい技術を活用したツールやデジタルサービスなどを積極的に利用してくれるだけでなく、周囲のコミュニティへの情報伝達力が高く、特別なマーケティングリサーチやプロモーションなどを行わなくても、新しい事業やサービスにおける初期の仮説検証を実施しやすい傾向があります。大手企業で新規事業を考える際などは、既存取引先などの程度売上シェア等の大きい顧客を初期顧客として優先的に議論されやすいケースが多いものの、デジタルファーストな新規事業を検討するのであれば初期の主要顧客がデジタルネイティブ層であるかどうかはその後のGo To Market戦略に大きく影響する論点です。既存の取引や商材を制約とせず「デジタルネイティブ」という関連から情報収集や企画検討することは新しい発想にも繋がりやすく、初期のリサーチ段階でおすすめしたい着眼点の一つになります。

対象技術が最も便益を提供し得る顧客と用途とは

話題の技術や新しいツールを活用したユースケースを検討する際、どの業界・市場においても従来の手段と比べて最も大きな便益を与えることができる手段と対象顧客は誰なのかというのは重要な論点です。当然新しい市場創出を目指すのであれば相応のペインの解消もしくはゲインの提供が求められるため、従来の業務や生活の延長線上での課題解決や改善・改良だけでなく、実現可能な最大便益の観点で事業アイディアの範囲を広げてみることも有用です。例えば、機械学習を活用した画像解析によってカメラを向けるだけで体温を測れる技術があるとして、それだけでも多くの事業アイディアを検討することができます。体温計の代替というアイディアは比較的容易に考えられるものですが、その体温測定の速さや精度が統計的にいかに優れていたとしても、体温計という製品の長い歴史による実績と物理的に検温する行為への信頼感を代替できるような便益を顧客に提供することは簡単ではないとも考えられます。一方で、精度に多少問題があったとしても女性の生理周期の推定や子供や高齢者の見守りなどで体温を半自動的に定点観測できるサービスには需要があるかもしれません。工場や発電所などで働く従業員の方々の体調管理の手段になる可能性もあります。少し視点を変えてみると、集団の体温をカメラで測れる技術はライブやスポーツ球場での盛り上がり状況を把握する手段として、意外な用途やニーズがあり得るかもしれません。これらはあくまで例ではありますが、類似技術であっても用途や顧客によって市場機会が大きく異なる可能性が高く、技術起点での事業アイディアを考える場合には便益観点で着想を広げてみることもおすすめしたいアプローチです。

今このタイミングで最も適切な市場選択とは

新しい技術を活用したサービスに対して顧客の需要があることが検証できたとしても、市場参入のタイミングが事業及びサービスの成長速度に影響を与えることがあります。例えばスタートアップ企業においてはその時のトレンドによって資金や人材の集まりやすさ等が変わるため、市場参入のタイミングがより分かりやすく事業の成否にも影響しますが、大企業の新規事業においても同様にタイミングの議論は重要になります。例えば米Gartner社が公表しているテクノロジーのハイプ・サイクルでは、特定技術を1.黎明期、2.ピーク期、3.幻滅期、4.啓発期、5.安定期のフェーズに分けてマッピングしており、2021年8月時点のハイプ・サイクルではNFT、データ・ファブリック・分散型アイデンティティなどがピーク期を迎えておりこれから幻滅期に入っていくと予想されています1。同じ技術であって黎明期とピーク期ではそれぞれ社内外からの印象が異なり、関係者の説明コストにも影響するため、事業リソースの確保しやすさという点だけでも大きく違いが出ることがあります。またデジタル関連事業領域においては、主要プレイヤーの顔ぶれやオンラインマーケティングのROI等の前提で数年で変化することもあり、数年前と現在では事業の競争環境が大きく異なることも珍しくありません。実際に事業を開始するにあたって社内外のステークホルダーに対してなぜ今このサービスを始めるべきなのか説明を求められる機会は多く、適切な市場参入時点はいつなのかという観点について少なからず仮説を持っておくことが重要になります。市場のタイミングにおいてはPEST分析の4つの観点(政治Political、経済Economic、社会文化Socio-cultural、技術Technological)も初期の思考の整理として役に立つことがあります。

Gartner「先進テクノロジのハイプ・サイクル:2021年」をもとに当社作成

おわりに

本記事ではデジタル関連の新規事業の着眼点をテーマとしていますが、既存事業の変革を目的とする「デジタルトランスフォーメーション」においても上記は重要な論点です。新規事業においても既存事業のデジタルトランスフォーメーションにおいても、プロダクトやサービスを短期間でリリースし、顧客と向き合うことを通して事業アイディアの検証や発掘を行うことが理想ではありますが、大手企業においては一つの事業やプロジェクトのリリースまで年単位の時間を要するも珍しくなく、PoCなどのプロジェクトであっても関係者が多く大掛かりなものになってしまうこともあり、スタートアップのように短いサイクルでの仮説検証が難しい場合も多いのが現状です。そのような環境において事業を検討及び推進されている皆様にとって、本記事が論点整理やアイディア検証のなどの一助となりましたら幸いです。

Go-To-Marketグロースプロダクトマネジメント新規事業SaaSデジタルトランスフォーメーションPOCビジネスモデルイノベーションAI(人工知能)ブロックチェーンML(機械学習)

著者について

遠藤 崇史(えんどう たかふみ)。東北大学大学院情報科学研究科を卒業後、株式会社日本政策投資銀行、株式会社ドリームインキュベータを経て、株式会社スマービーを創業、代表取締役CEOに就任。アパレル大手企業への同社のM&Aを経て、株式会社ストライプデパートメント取締役CPO兼CMOに就任。株式会社デライトベンチャーズにEIRとして参画後、ROUTE06を創業し、代表取締役に就任。


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