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フリーミアムと3つの戦略

2023-6-26

宮田 善孝 / Yoshitaka Miyata

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フリーミアムという概念はB2Cのプロダクトで活発に議論され、導入されてきました。特にSNS、ソーシャルゲーム、メディアなどでは、ほとんどフリーミアムモデルを採用していると言っても過言ではありません。

B2Bを主戦場にしているSaaSでもフリーミアムは導入可能性があるのでしょうか。実はすでにProduct-led growthの文脈で、フリーミアムの検討がされるようになっており、SMB向けのプロダクトでは導入されることが増え始めています。

この状況を踏まえ、本記事ではSaaSにおいてフリーミアムとはどういう位置づけなのか、似た概念のフリートライアルと比較しながら確認し、プロダクト戦略上どのような意味を持つのか確認していきます。

フリーミアムとは

まず、フリーミアムの概念を確認すると、極めて基本的なユーザーストーリーを実現できる最小限のプロダクトを期間などによる制限を行わず、無料で提供することを指します。主な目的は価格を無料にすることでユーザー獲得を最大化し、プロダクトの進化を助長することです。

フリーミアムを利用しているユーザーのニーズが高度化した時に、追加機能や、機能の利用回数やID数などによる制限を超えて利用できる有料プランを提案し、アップセルを促し、収益化することになります。

他方、似ている概念としてフリートライアルというものがあります。こちらは無料でプロダクトを利用できることはフリーミアムと一緒なのですが、基本的に利用できる機能や回数に制限がないことが多いです。その代わり、1週間から1ヶ月程度の期間による制限が付加されていることが多く、その期間のうちにユーザーがプロダクトの有用性を確認し、必要であれば期間終了後に有料プランを登録することになります。

主な目的はユーザーにプロダクトを広く試してもらい、その価値や品質を実感してもらうことで、製品やサービスに対する興味や信頼感を高め、購入につなげることになります。フリーミアムと違い、期間制限を設けているため、ユーザー獲得に重点を置いた施策になります。

Slackにおけるフリーミアムの変化

Slackは一定投稿数やストレージ容量までは無料で利用できるというフリーミアムプランを提供してきました。期間制限がなく、数量による機能の利用制限なので、文字通りフリーミアムプランです。ところが、去年9月よりこの制限を取り払い、代わりに一定期間の投稿しか履歴を残さない制限に変更しました。

フリープランの使用上限がシンプルになります。これまでのメッセージ数1万件、ストレージ容量5GB という制限に代わって、過去90日間のメッセージ履歴とファイルストレージを制限なく利用できるようになります。いつ上限に達するかを推測する必要はありません。また、クリップおよびメッセージとファイルの保存設定など、アクセスできる機能が増えます。

引用:Slack help center 「プロプランの料金改定とフリープランの更新」より抜粋

Slackの利用目的は社内外とのコミュニケーションですが、その場限りのものだけでなく、まとまったものを投稿し、固定投稿にしたり、後で読むためにフラグをつけておくようなブックマーク的な機能もあります。つまり、Slackはストックとしてのコミュニケーションの場としても活用されることを想定して開発されています。

後者のストックとしてのコミュニケーションを念頭において、過去90日しか投稿の履歴を保持しないという制限は、機能制限というより期間制限に近いものであり、フリートライアルとして色彩が強い制限になります。

また、フローのコミュニケーションに対しては利用制限がないという見方ができるのですが、一定のコミュニケーションを継続的に行えず、最後の投稿から90日経ってしまうと、何も投稿がない状態になってしまいます。このような状況になると、投稿に対するハードルが一気にあがります。つまり一定のコミュニケーション量が担保できなければ、フローのコミュニケーションに機能制限はないのですが、事実上利用されにくくなるのです。

まとめると、フリーミアムプランの制限の変更は機能制限という立て付けを保持しながら、実態として限りなくフリートライアルに近い制限に変え、かなりユーザー獲得に重点を置いたプラン設計だと思われます。主たる目的をどこに置くのか、そして機能や期間をどのように捉え、それらを制限することで、ユーザーの利用動向がどのように変容するのかを勘案し、制限をきめ細やかにデザインしている事例と言えるでしょう。

フリーミアムが実現する3つのプロダクト戦略

Slackを例に取り、フリーミアムの制限に対するデザインからその戦略を考察したのですが、フリーミアムを通して実現できるもっと基本的な3つの戦略があります。ここでは、それらを1つずつ紹介していきます。

1.ネットワーク効果の創出

まず、フリーミアムによるネットワーク効果の創出が挙げられます。コロナウィルスの蔓延により一気に普及したZoomは1対1のビデオ通話に対して機能制限をしないフリーミアムプランを展開しました。これにより、もともとユーザーだった方が非ユーザーの方とビデオ通話をする際にZoomを活用することができ、コミュニケーションツールの特性を活かし、一気に非ユーザーにアプローチしました。

当時、リモートワークが余儀なくされていた環境で、企業などの団体にとってビデオ通話のようなオンラインコミュニケーションのニーズが極めて高く、各所でアトミックネットワークがまたたく間にできていったように思います。そこに、非ユーザーへのアプローチができたことで、導入可能性があるセグメントにZoomの品質やサービスを触れてもらうことができ、ネットワークがネットワークを生み出す仕組みができ、一気に普及したのです。

コミュニケーションは最たる例ですが、誰でも気軽に使い始められるフリーミアムとユーザーが増えれば増えるほど創出できる価値が向上するというネットワーク効果は非常に親和性が高く、ユーザー獲得という観点で強い武器になる可能性を秘めています。

2.ユーザープールの獲得によるエンゲージメント向上へのフォーカス

最低限のユーザーストーリーの実現には限定されますが、期間制限なく、無料で使えるフリーミアムプランは、使い始めることに対するハードルを極限まで下げてくれます。ユーザー獲得という観点では、究極のProduct-led growthと言えます。

もちろん、マーケティングとの連携やチュートリアルの磨き込みなどにより、フリーミアムを通したユーザー獲得をさらに進化させる余地はあります。ただフリーミアムを展開することで、プロダクトという最も重要な資産をユーザー獲得に対して提供していることになるので、プロダクトサイドとしてはユーザーのエンゲージメントに集中できるようになります。

また、フリーミアムを通してUI/UXに慣れたユーザーはより高度なニーズが出てきた場合、他のプロダクトも合わせて検討することになりますが、すでに一定期間利用した実績は検討をすすめる上で、非常にインパクトあるインプットになります。

具体的な事例として、Mailchimpではリーマンショック直後にフリーミアムを導入し脚光を浴びました。当時SMBのマーケティング向けにEメールの配信プラットフォームを提供していたのですが、SMBの廃業率が高く、ユーザー獲得に閉塞感が出ていたようです。

そこでフリーミアムを採用し、ユーザーが送信するメールにMailchimpのロゴを入れ、LPに誘導することで、ユーザー獲得の効率を一気に向上させることが出来ました。そこからは有料化してもらうことに焦点を当て、事業を成長させてきたようです。

3.初期からプロダクトの利用データを取得し、高い精度のロードマップを策定

SaaSの場合、プロダクトのリリース直後から一定数のユーザーに使ってもらうことは非常に難しいです。特にエンタープライズ向けのSaaSの場合、商談を何度も繰り返し、場合によって1-2年かけて導入を決めてもらうようなことも少なくありません。つまり、プロダクトをリリースしても、いきなり多くのユーザーに使ってもらうことは難しく、実際の利用データを活用して、プロダクトビジョンやロードマップの精査を行うことができないのです。

しかし、フリーミアムプランを展開することで、機能制限こそありますが、一定数のユーザーに活用してもらえます。この状況が作れれば、ヒアリングに応じてくれるユーザーも出てきますし、当然利用データも取得し、どのように使ってくれているのか、何が次の課題なのかなどについて、ユーザーの解像度を上げることができます。引いてはプロダクトビジョンやロードマップの精度を上げることに繋げられるのです。

まとめ

フリーミアムはB2Cを中心に導入されてきましたが、SaaSにおいても非常に重要な戦略の1つです。期間限定で使ってもらい、課金するかどうかを迫るフリートライアルとは違い、ネットワーク効果によるユーザー獲得、エンゲージメント施策へのフォーカス、リリース初期からユーザーの解像度を挙げ、高い精度のロードマップの実現という大きく3つの恩恵があります。 マーケティング施策の一環として捉えるのではなく、プロダクト戦略上の打ち手として議論し、導入するきっかけになれば幸いです。

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著者について

宮田 善孝(みやた よしたか)。 京都大学法学部を卒業後、Booz and company(現PwC Strategy&)、及びAccenture Strategyにて、事業戦略、マーケティング戦略、新規事業立案など幅広い経営コンサルティング業務を経験。DeNA、SmartNewsにてBtoC向けの多種多様なコンテンツビジネスをデータ分析、プロダクトマネージャの両面から従事。その後、freeeにて新規SaaSの立ち上げを行い、執行役員 VPoPを歴任。現在、Zen and Companyを創業し、代表取締役に就任。シードからエンタープライズまでプロダクトに関するアドバイザリーを提供。ALL STAR SAAS FUNDのPM Advisor、およびソニー株式会社でSenior Advisorとして主に新規事業における多種多様なプロダクトをサポート。また、日本CPO協会立ち上げから理事として参画し、その後常務執行理事に就任。米国公認会計士。『ALL for SaaS』(翔泳社)刊行。


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