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SaaSにおけるプライシングの進化

2023-6-15

宮田 善孝 / Yoshitaka Miyata

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これまでパッケージによる売り切りが主流だったソフトウェアビジネスが、徐々に大手企業でXaaS化され始めたり、スタートアップにより新しくSaaSとして提供され始めています。海外の事例ですが、Adobeのセンセーショナルな事例をご紹介させていただいた通りです。

本記事では、XaaSの変化に応じて、ビジネス、プロダクトがどう進化してきたのかを確認した上で、プライシングについてどのような進化が求められているのか明らかにしていきます。

ビジネス、プロダクトに求められる変化

パッケージとSaaSでプロバイダーがサポートする範囲を明確にすることで、ビジネス、プロダクト両面にどのような変化があるのか確認していきます。

パッケージの場合、プロバイダーは販売まで責任を持ち、その後はメンテナンスやアフターケアを行う程度で、販売までに強い力点があるビジネスです。他方、SaaSの場合、販売の先にある利用、さらに成果が出るところまでサポートすることになります。

というのも、サブスクリプションというビジネスモデルを採用しているため、販売して終わりではなく、プロバイダーはユーザーが利用し続け、成果を感じてもらえないと解約されてしまうからです。

では、ユーザーが利用し続け、成果を実感してもらう上で、どのような変化が必要なのでしょうか。

1.ビジネス面

まずビジネス面ですが、ビジネスモデルの変容による変化とユーザーとの向き合い方に変化が必要になります。

具体的には、パッケージによる売り切りモデルは販売時点で売上のほとんどを認識するので、今期どれだけ売れたかが財務観点で評価の焦点になります。他方、SaaSの場合、サブスクリプションを採用するケースが多いため、新たにARR(Annual Recurring Revenue)やChurn Rateなどの指標を活用し、評価していく必要があります。

また、売上に連動する形で、組織、評価設計するのではなく、ARRやChurn Rateなどの目標値を置き、組織設計し、評価も期中の新規獲得ARRなどで評価することが多いように思います。

さらに、ユーザーとの接点でも変化が求められます。つまり、販売さえすればよいのではなく、ユーザーが成果を出すまでの過程を営業として捉え直す必要があります。そのため、単に営業だけでなく、ユーザーと接するビジネスサイドの体制を、マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスと、ファンクションごとに設計し、バトンを引き継ぎながら、最終的にユーザーに成果を創出するのです。

この中でも特にカスタマーサクセスマネジメント(以下CSM)が新しい概念で、ユーザーと継続的なリレーションを構築し、成果を出し、利用し続けられるようにサポートする最後の砦になります。

2.プロダクト面

他方、プロダクト面ではユーザーが継続的に利用し、成果を感じられるソリューションを作り続け、正解に近づけていくことが重要になります。

そのため、まずユーザーが抱える課題とニーズを共有してもらえる関係値をユーザーと直接、もしくはCSMを通して構築する必要があります。さらに、個別のユーザーによる要望を対応しても多くのユーザーに価値を提供できないので、ユーザー課題とニーズが一定のユーザーセグメントに共通するものなのか、確認していくことになります。

この手順を踏んで開発を進めることで、売れるプロダクトではなく、成果を感じ使い続けてもらえるプロダクトを提供できるようになるのです。

また、SaaSはクラウドを通して提供されるため、ユーザーの認証、利用を提供できるプロトコルが必要になりますし、セキュリティ、可用性、冗長化、DR(disaster recovery)対応などをプロバイダー側で担保することになります。

このように、ユーザーと継続的なリレーションを構築し、ユーザーの課題やニーズに真摯に向き合い、ユーザーに使い続けてもらうことに焦点を当て、ビジネス、プロダクト双方から対応することが必要なのです。

プライシングに求められる進化

SaaSを運営していく上で、ビジネスとプロダクトに変化が求められるということは、ビジネスとプロダクトをブリッジする役割であるプライシングにも当然進化が求められます。

しかし、プライシングはビジネスやプロダクトと比肩されるべきテーマであるにも関わらず、対応が遅れがちです。本来ARRに直接貢献するテーマであるプライシングが過小評価されてしまっているようにも思います。

また、ビジネスとプロダクトをブリッジする役割であることから、プライシングの担当者、意思決定者が不明確になりやすく、結局CEOが音頭を取らないと進みにくいという特性もあります。さらに、ビジネスオペレーションに関する開発に意欲的なエンジニアが少なく、プライシングに関するプロセスの進化が後回しになりがちです。

そのため、スタートアップでもビジネスとプロダクトは対応できているが、まだプライシングに対しては進化の余地を残している企業が多いように思います。

それでは、本来SaaSにおいてプライシングはどのような進化が必要なのでしょうか。立ち上げ期、PMF期、グロース期、マネタイゼーション期に分けて確認していきます。

1.立ち上げ期

立ち上げ期はプロダクトの企画検討からリリースまでをスコープとしており、ユーザー価値を企画し、開発を進める段階です。この時期、リリースに向けGo to Market(GTM)の一貫として、プライシングの検討しますが、基本全機能が使える1プランを展開することが多いです。そのため、議論の中心は価格を決めることになります。

このタイミングでは、具体的なプラン設計やプロセス面の進化を議論するというよりは、今後のロードマップを眺めて、ユーザー価値やターゲットセグメントが変わるポイントをイメージしておき、その際に大きなプライシング変更があり得ると心構えておくと良いと思います。

2.PMF期

PMF期はプロダクトリリースから一定のユーザーセグメントにプロダクトが受け入れられるまでを想定しています。この時期、当初想定していたターゲットセグメントに合わせてプライシングを決めて販売を進めていくことになります。

リリース当初はニッチなセグメントに絞って展開していくことが一般的で、徐々にターゲットセグメントを広げていくことになります。ユーザーの事業規模や業界に多様性が出てきたら、ユーザーのペルソナと提供する価値に応じて、プライシングを分けて、複数プランを提供することになります。

まだ契約件数が少ない時期は取引先をSpreadsheetで管理し、請求書をお手製のもので作成し、送付されていることも多いです。そこから、プランが複数になってくると、プライシング周りの各種ビジネスオペレーションも確立していきます。CRMやワークフローが導入され、取引先の管理に加えて、見積や値引の承認プロセスが整備されます。

3.グロース期

グロース期はPMF期からさらに進み、複数のマーケットで導入が進んだり、さらにSMBだけでなく、エンタープライズ企業にもプロダクトが受け入れられるまでとします。

これらを実現しようとすると、これまでのプライシングをさらに様々な角度で細分化し、きめ細かい訴求が求められます。例えば、ユーザーの裾野を広げるために、トライアルやフリーミアムプラン、さらにセルフ課金による展開も考えられます。

ターゲットセグメントや質的に異なるマーケットの開拓が進むと、業界やユーザー規模に合わせたプランがメッシュ構造で設計されるようになります。階層型のプライシングだけでなく、アドオンなど、機能を追加的に利用することに課金する手法なども活用され始めます。さらに、セルフ課金に対応したクーポンやリファラルコードを活用した値引など、値引の多様化が一気に進む時期にもなります。

導入社数が伸びていくとビジネスオペレーションの進化がより強く求められます。この時期に、契約管理から決済までのフローを見直し、サブスクリプション向けのCRMや契約管理、決済などのSaaSを導入してビジネスオペレーションの確立を行うことになります。

また、プランの多様化に伴い、納品に向けた環境構築を行うツールを開発されたり、機能開発に応じてどのプランに充当するのかを検討するプロセスの構築が行われたりもします。

4.マネタイゼーション期

マネタイゼーション期は導入社数だけでなく、ARPUの最適化を行い、売上を向上させることにフォーカスした時期を指します。

この時期に入ると、収益モデルの多角化を目指し、新規プロダクトの展開、SaaS×FintechやSaaS×PFと行ったビジネスモデルの質的な変容を進めることになり、プランの多様化がより一層進みます。

ただプランを細分化していくだけでなく、商談を積み上げていく過程で価格を最適化していくことも議論されていきます。その対象はサブスクリプションだけでなく、導入支援などのワンタイムのプランに対しても多様化し、最適化が進んでいきます。

グロース期に続き、プランの数が指数関数的に増えてくるので、新規プロダクトや新しいビジネスモデル導入時のプライシングやプロダクト全体のプライシングの見直し、新規プランの作成など、網羅的にプランの意思決定をサポートするプロセスが整備され始めます。

ここまで来ると、一般的なCRMや契約管理、決済などのSaaSだけでは管理しきることが難しくなり、開発チームを組んで、多様化が進むプライシングに合わせた機能拡張を担当していくことになります。

まとめ

リセッションフェーズに入ったことで、ARRに直結するプライシングは今後SaaS事業を成長させていく上で、再認識されるべきテーマだと思います。

改めて、SaaSを運営されている皆様は自社のフェーズとプライシングの現状を見比べ、先回りして進化させることが出来ているのか、それとも後塵を拝しているのか、まずはセルフアセスメントしてみてはいかがでしょうか。

プライシングを経営マターだと捉えることができれば、プロダクト、ビジネスと同等の成長エンジンに進化させていくことができるテーマなので、第三の矢として機能させ、事業成長の一端を担うきっかけになれば幸いです。

エンタープライズSaaSプロダクトマネジメント新規事業

著者について

宮田 善孝(みやた よしたか)。京都大学法学部を卒業後、Booz and company(現PwC Strategy&)、及びAccenture Strategyにて、事業戦略、マーケティング戦略、新規事業立案など幅広い経営コンサルティング業務を経験。DeNA、SmartNewsにてBtoC向けの多種多様なコンテンツビジネスをデータ分析、プロダクトマネージャの両面から従事。その後、freeeにて新規SaaSの立ち上げを行い、執行役員 VPoPを歴任。 現在、日本CPO協会理事、ALL STAR SAAS FUNDのPM Advisorに就任。米国公認会計士。『ALL for SaaS』(翔泳社)刊行。


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