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大手企業におけるMVPの誤謬と導入時のポイント

2023-1-20

宮田 善孝 / Yoshitaka Miyata

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変化が激しい現代社会において、どのようにユーザーの課題やニーズを捉え、プロダクトを創出していくべきなのでしょうか。 この問いに対する強力な対応策として取り上げられるのが、MVP(Minimum Viable Product)です。スタートアップではMVPの考え方が浸透し、早くMVPを見極め、検証による学びを繰り返すことでイノベーションを手繰り寄せてきました。 マッキンゼーのレポートによると、「大規模ITプロジェクトは、平均すると予算を45%超過しスケジュールを7%押している。しかも、想定していた56%も少ない価値しか出せていない」(著者翻訳)と記載されており、MVPの活用は避けて通れない王道となりつつあります。 本記事ではプロダクトを創出していく上で、欠くことができないMVPの概念とその運用方法を確認した上で、大手企業で活用する際に留意すべきポイントを紹介していきます。

MVPとは

プロダクト開発の一翼を担ったことがあれば、どこかで「MVP」という言葉をお聞きしたことがあるのではないでしょうか。MVPは、生きた古典になりつつある「リーン・スタートアップ」で詳細に紹介され、現在も活用され続けています。 具体的なMVPの定義は、完璧な製品やサービスを最初から目指すのではなく、顧客が抱える課題を解決できる最低限の状態で提供するものです。このような進め方を行うことで、仮説検証に最低限必要な開発に留めるため、限られた予算で実現できます。また、新規事業やスタートアップを立ち上げる上でフォーカスエリアを明確にし、検証ポイントを絞り込むことにもつながります。 逆に、MVPの概念を敢えて後ろ向きに捉えると、MVPであることを理由にし自己防衛を行ったり、責任回避に使われる可能性もあります。しっかりとMVPの定義に遡り、どこまで実現できれば仮説検証できるのか、ユーザーにとって価値提供できるかを主目的にしViableの定義を明確にした上で、MVPを精査していくことが重要です。

MVP導入時のポイント

従来、事業を立ち上げる際、しっかりと時間をかけて様々な観点からリスクを洗い出し、対応策を考え抜いてビジネスプランに落とすような手法が取られてきましたが、MVPの概念は真逆とも言えます。そのため、MVPを導入するには、大きな発想の転換が求められるのです。その転換を5つのポイントとして紹介していきます。

1.企画時からチームにこだわる
大手企業では組織が大きいことから、全社的に取り組むことを決めてから最適な人員配置を決めていくことが多いと思います。しかし、何をやるか決まってからアサインすると、やらされ仕事になりやすく、イノベーションの重要な要素である熱意が醸成しにくくなりがちです。 取り組むべきテーマさえ決まっていれば、解くべき課題を特定しMVPに落とし込んでいくことができます。自らの頭で考え、課題を捉え、MVPにしたものから得る学びは、既に決まった仮説を検証する作業からのものとは比べ物になりません。 取り組むべきテーマが決まったら、社内リソースに拘らずMVPを策定し、仮説検証を行う上で最適な人材のアサインを検討し始めるべきです。

2.MVPを通した学びに重点を置く
組織が大きくなると新規事業は基幹事業に対して規模が小さくなり、大成功でもしない限り社内の注目を浴びることはあまりありません。そればかりか、大失敗のない基幹事業に対して新規事業は大失敗がありえるため、マイナス評価につながりやすく、リスク回避的に要件を積み増すインセンティブが働きます。 一方、スタートアップや新規事業ではリソースが限られている中で、イノベーションが求められます。そのため余計なことを考える暇はありません。MVPを通した学びの速度や深度が、プロダクトの成功を左右するのです。

3.答えはオフィスにない
MVPの本質は企画の精査ではなく、企画の仮説検証にあります。オフィスでチームメンバーとの議論も重要ですが、仮説検証を進めるには想定ユーザーと向き合うことが必要不可欠です。 コロナ禍によりリモートワークが主流となり、社外の方ともオンライン会議を行うことが一般的になりました。そのため、移動を伴うことなく想定ユーザーにインタビューをしたり、議論することが容易になりました。この好機を逃さずに迅速なMVPの検証を実現できれば、競争力の源泉になる可能性を秘めています。

4.最小限のプロダクトにする
サイロ化された組織において、新規性の強いプロジェクトを推進しようとすると、それぞれの部署の観点で様々なフィードバックや要望をもらいます。これを1つずつ丁寧に対応してしまうと、もはや新規性はなく、そもそも誰が何のために使うものなのか不明瞭なものになってしまいます。 MVPは他部署からのフィードバックに完璧に答えるものではなく、顧客が抱える課題を解決できる最低限の状態で仮説検証することにこそ力点が置かれるべきです。

5.朝令暮改を許容する
MVPの目的は仮説検証であり、検証結果次第では現状の企画を大きく変えることもあります。そもそも変えることができないのであれば、検証する意味がありません。つまり、企画を通すためにリスクの洗い出しを行い、徹底的に事前に練り込まれた企画は必要ないのです。

まとめ

MVPは限られたリソースで仮説検証を繰り返し、学びを最大化する概念です。ただ残念なことに、組織が大きくなりサイロ化すると、社内政治などの問題から、MVPという言葉を逆手にとって言い訳に使われることも多いのが実態です。 このような使われ方にならないように、MVPの本質に立ち返り、上記5点を念頭に仮説検証に重きを置いた運用こそがイノベーションを実現させるのです。

参考文献

エンタープライズプロダクトマネジメント新規事業

著者について

宮田 善孝(みやた よしたか)。京都大学法学部を卒業後、Booz and company(現PwC Strategy&)、及びAccenture Strategyにて、事業戦略、マーケティング戦略、新規事業立案など幅広い経営コンサルティング業務を経験。DeNA、SmartNewsにてBtoC向けの多種多様なコンテンツビジネスをデータ分析、プロダクトマネージャの両面から従事。その後、freeeにて新規SaaSの立ち上げを行い、執行役員 VPoPを歴任。 現在、日本CPO協会理事、ALL STAR SAAS FUNDのPM Advisorに就任。米国公認会計士。『ALL for SaaS』(翔泳社)刊行。


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