Research
ZARA擁する世界最大のアパレル企業Inditexの歩みとデジタル戦略
2022-10-14
世界的なファッションブランドであるZARAを展開する業界最大手のアパレル企業の1つであるInditex/インディテックス(正式名称:Industria de Diseño Textil, S.A.)は自社で企画製造した商品を自ら小売販売するSPA(Specialty store of Private label Apparel)モデルを代表する企業であり、類似業種のファーストリテイリングやH&Mを抑えて売上高首位のリーディングカンパニーです。ZARAに加えて、現在ではPull&Bear、Massimo Dutti、Bershka、Stradivarius、Oysho、ZARA HOME、Uterqüeの8つのブランドを展開しています。
近年同社の主戦場である欧米各国で猛威を振るった新型コロナウイルス(COVID‑19)の影響を受けましたが、堅実なデジタル戦略の実行などが好感し、足元の時価総額は約9.3兆円(2022年9月30日時点の株価終値と為替レートで試算)と業界首位を堅持しています。
本記事ではInditexが強固なバリューポジションを築き上げるまでに実施してきた事業戦略と同社がアフターコロナの時代にどのようなデジタル戦略を進めているかについてご紹介します。
ZARAを生み出したInditexの事業戦略
ZARAは1975年にアマンシオ・オルテガ氏が創業したスペイン発のブランドです。その後1985年にInditexが設立され、ニューヨークやパリへの海外進出など本格的なブランド展開が行われていきました1。ZARAはトレンドに敏感な働く女性とその家族・パートナーをメインターゲットに据え、主にトレンドファッションを手頃な価格で販売することで顧客の心を掴むことに成功しました。現在はグローバルに88の国で約6,700店舗を展開する世界最大手のアパレル企業に成長しています(ZARA及びZARA HOMEでInditexグループ全体の売上の約7割を占めます)。
一般的にトレンドファッションに区分されるアイテムは、シーズン毎の売れ行きが変動しやすいことから、売れ残り在庫による損失や欠品による機会ロスも頻繁に発生することに加え、在庫の棚卸や評価損の算定に対応するための業務負荷も少なくありません。
それに対し、Inditexは「シーズン当初は少ロットで最低限の在庫を持ち、店頭での売れ行きや試着情報を通じて顧客が欲しいものを把握してから、需要に合わせて商品を作り足す」という、それまでの業界常識とは異なる戦略を採りました。
現在の規模に成長するまでに、Inditexは具体的に以下の取り組みに注力してきました。
1. 商品企画の短サイクル化に現場の情報を活用
ZARAは毎週2回決まった日に欠かさずサイズの揃った新商品を店頭に並べることで、顧客の来店期待に応え、来店頻度を高めることに成功しています。その商品企画のスピードと精度を高めるために、売上やPOS等の定量データに加えて、世界中の店舗スタッフから顧客の反応等の情報がスペイン本社に集まるオペレーション構築に力を入れてきました。新商品が投入されるほど世界中の店舗からフィードバック情報が蓄積し、より顧客の意見が反映された商品の企画販売が可能になりました。
2. スピードを重視した生産システム
Inditexは相対的に人件費の低い地域よりも、スペインやポルトガル、モロッコ等の近隣地域に生産拠点を置くことで規模を拡大してきました。タイムリーに世界中の店舗へ商品を送るため、ヨーロッパ近隣諸国以外への輸送にはコストを犠牲にして空輸を利用するなど、世界中どこへでも48時間以内でのスピード輸送に取り組んできました。また、現在では導入が進んでいる自動仕分けシステムや自動ピッキングなどの仕組みも早期から取り入れるなど、コストよりもスピードを重視した生産システムを構築しました。
3. 店頭ブランディングへの投資
店舗が最大の広告宣伝というポリシーを掲げ、特にブランドの成長過程においては、プロモーションに多額のコストをかけるよりも、グローバル都市での好立地やランドマークエリアに大型店で出店することを優先させてきました。顧客を飽きさせず、来店頻度を高めるため、店内の商品配置を頻繁に変更し、ウィンドウディスプレイや高級感のある内装などにも積極的な投資を行っています。
従来では数ヶ月単位の時間を要した企画生産のリードタイムを大幅に短縮し、約2〜4週間とも言われる短サイクルMD(マーチャンダイジング)を構築したことがInditex及びZARAの成長ドライバーであったと認識されていますが、企画から生産及び店舗運営まで一貫した実行力の高さも特筆すべき点であったと言えるでしょう。その結果として、世界最大の売上規模に成長しただけでなく、他のSPA型アパレル企業に比べて高い利益率を誇ることもInditexの特徴の一つです(2022年度1月期の営業利益率15%)2。
コロナ禍で加速したInditexのデジタル戦略
Inditexはオフライン店舗において顧客に優れた価値を提供することで、その地位を不動のものとしたプレイヤーであったため、世界的なコロナ禍はInditexにも大きな影響を与えました。 2020年にかけて、同社の主なマーケットである欧米主要都市で厳しいロックダウン・行動規制が実施されたこともあり、店舗売上は大きく落ち込み、同社の2021年1月期の決算は減収減益を余儀なくされました2。
当然コロナによるダメージは避けられませんでしたが、Inditexはコロナ禍においてデジタル戦略を加速させました。従前よりECへの投資を積極的に行ってきた結果、売上高に占めるEC比率は類似業種であるファーストリテイリングよりも高い水準を維持していましたが、コロナ禍に入った2020年以降は更に大きく成長しています[^2][^3]。
2020年6月には、”Global fully integrated Store & Online”をコンセプトに、小型店舗や商圏の重複した店舗を中心とした1,000〜1,200店舗を閉鎖し、オムニチャネル戦略をより強く推進する方針を示しました。 また、2020年〜2022年の間に10億ユーロ(当時レートで約1,200億円)のDX投資を行うことを発表し、自社アプリを用いたデジタル体験の向上と、デジタル化に対応可能な大型店舗の出店強化を打ち出しています4。
Inditex(ZARA)が足元で実施してきた主なデジタル施策は以下の通りです。
アプリによる顧客接点のシームレス化
- 従来のEC機能に加え、店舗ごとに商品位置を検索できる「CLICK & FIND」や試着室を予約する「CLICK & TRY」など店頭でも使える機能を次々に拡充
- アプリで注文後に店頭で受け取る「CLICK & GO」(BOPIS=Buy online, Pick up in store)、モバイルペイメント機能など来店を促す施策も強化
- 店頭でスタッフに確認しなくても、商品情報詳細をスマホで確認できるように商品タグにバーコードやQRコードを追加
店頭業務オペレーションのデジタル化
- EC専用在庫及び倉庫からではなく、店頭から直接顧客に配送できるサービスを実施。店頭とECの配送業務の一体化よる業務効率化に加え、当日及び翌日配送比率を向上
- 全商品においてRFID(Radio Frequency Identification)の導入を完了させ、各国店舗とECにおける在庫一元化(SINT:Single Inventory Integration)を実現、在庫効率を一層向上
- インタラクティブ・デジタル・フィッティングルーム、セルフレジなど、デジタル化に対応した店舗リニューアルを推進
従来の強みであった魅力的な店舗体験やオペレーショナル・エクセレンスに加えて、オンラインとオフラインが融合したなめらかな顧客体験を実現するために、Inditexは上記のような大胆で迅速なデジタル投資を行っています。今後はInditexに限らず、このようなOMO(Online Merges with Offline)型の新しいストア形態が増えていくことが予想されています。
KPIや財務面に着目すると、同社のEC比率は2022年1月期において27%となり、当初同社が目標として掲げていた2022年末までのEC比率目標25%を1年前倒しで実現することに成功しています。また、Inditexのアプリは全世界でアクティブ会員数が1億4600万、ソーシャルメディアのフォロワーは2億2800万人にまで到達しています(2022年1月期)2。もちろんコロナ禍で店舗売上が減少したことで、分母に当たる全体の売上高が減少したためにEC比率が高く出た影響もありますが、同社の提供するオンライン体験やOMO戦略が一定の評価を受けているものと推察されます。
Inditexは2024年までにEC比率を30%以上とすることを新たなターゲットとしており、今後もデジタル戦略及び投資を積極的に行っていく方針です。
Inditexの新しい取り組みについて
前述の取り組みなどによって、Inditexはこれまで業界トップ企業でありながら長年高い成長率及び収益率を維持してきましたが、今後ファーストリテイリングやH&Mのようなファッションアパレル企業との競争に加えて、ファッションへの本格進出を目論むAmazonなどの巨大テック企業やZ世代を中心に急成長を見せるSHEIN等の新興アパレルとの競争が激化していくことが予想されます。特にSHEINの運営会社であるRoadget Business社は企業価値がファーストリテイリングやInditexを超えるなどの急成長を遂げており、同社の今後の世界展開による競争環境の変化には注目が集まっています5。
また、ESGやサステナビリティに対する社会的な注目も高まり続けており、生産及び廃棄プロセスの透明性など、業界トップ企業としてより複雑な問題に対処することが求められています。コロナを経て様変わりした人々のライフスタイルとファッションのカジュアル化が、ZARAのバリュープロポジションであるトレンドファッションやオフィスファッション需要に影響を与える可能性も否定できません。
こうした課題に対応するために、これまでもInditexはリサイクルされたポリエステルやリネンの使用、生産設備での再生可能エネルギーの使用、衣類のリサイクル、サプライチェーン向けプログラムの開始など、様々な取り組みを行ってきました。新しい試みとして、サステナビリティ領域におけるイノベーションを推進する目的で「Sustainability Innovation Hub」を創設し、現在までに約150のスタートアップとの協業や出資を通じて、30以上のR&Dプロジェクトを進めています(新しい炭素回収技術を開発したLanzatech社、繊維リサイクル技術を持つCIRC社など)。 直近2021年度決算においても、Inditexが利用するエネルギーのうち再生可能エネルギー比率が91%であることに加えて、ZARAのサステナビリティ公約である「Join Life」基準での商品比率が全体の47%に達したことを強調するなど、サステナビリティに対する取り組みや情報発信を積極的に行っています2。
また、サステナビリティへの対応だけでなく、アスリート向けスポーツウェアの新コレクション「Athleticz」や、ベーシックでかつ現代的なラインである「ZARA Origins」シリーズを発表し、インテリアブランドの「ZARA HOME」とあわせて、近年はトレンドファッションブランドから、時代や人々の生活に沿ったライフスタイルブランドへとシフトする動きも見受けられるなど、事業環境の変化に対応した戦略的な投資を行っています。
これらのデジタル以外の戦略的な取り組みを土台にしながらも、オムニチャネル戦略を今後加速させていくことが予想されます。2021年により新たにInditexのCEOに就任したオスカー・ガルシア・マセイラス氏は”CEO's Statement”の中で、グローバルでの完全統合されたオムニチャネルの重要性について言及しています6。
Inditex boasts a business model capable of adapting to any environment and an international reach underpinned by a solid strategic approach. Its inspiring fashions combined with a fully integrated omnichannel offer in each region, and supported by technological innovation, has enabled us to extend our store leadership to the digital world, with online sales now accounting for one-quarter of the total.
さらには、新たなデジタル体験の創出として、韓国の「Ader Error」とコラボレーションを行ってアバター作成アプリであるZEPETOによってアバターの服を展開し、同社として初めてメタバースにも参入するなど、幅広いデジタル領域でサービス拡充に取り組んでいます7。
最先端のデジタル技術やサステナビリティ・イノベーションを通じて、Inditex(ZARA)は業界内外のDXとESGをリードする存在を目指していることが窺い知れるでしょう。デジタル戦略に限らず、今後のInditexの取り組みを引き続き注視していきたいと考えています。
本記事ではInditexの競争優位を生み出した戦略とDXへの取り組みについてご紹介しました。本記事が皆様の論点整理や戦略検討の一助になりましたら幸いです。
著者について
見浪 康平(みなみ こうへい)。慶應義塾大学経済学部を卒業後、有限責任監査法人トーマツ、PwCアドバイザリー合同会社を経て、楽天グループ株式会社でM&A・JV出資・スタートアップ投資等をリード/執行。2022年、株式会社ROUTE06入社。社長室長として財務・事業開発・マーケティングを担当(公認会計士)