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大手企業によるデジタルプラットフォームへの取り組み
2022-6-29
インターネット網の整備とパソコン、スマートフォン、その他IoTデバイスの普及によって数多くのデジタルプラットフォーム企業が台頭してきました。プラットフォーム企業はデジタルサービスを通して圧倒的なコンテンツ数とユーザー規模に急成長し、従来のスタンドアローン型のプロダクトやサービスを提供する企業に比べて資本市場から高いこともマルチプルで評価されています。フランスのMirakl社の調査によるとヒルトンホテルが61万の客室を提供するまで約93年の年月がかかった一方で、スペースシェアのAirbnbはシェアリングという手段を用いてたったの4年で65万室を確保するまでに成長しています1。WalmartやTargetなどの大手小売企業の時価総額の合計よりも、Amazonは大きな時価総額にまで成長しています。またここ数年で話題になることが多いユニコーン企業(時価総額10億ドル以上の非上場企業)と呼ばれるスタートアップの約6割がプラットフォーム型企業であると言われています2。
デジタルトランスフォーメーションとプラットフォームビジネス
元来プラットフォームビジネスはインターネットサービスに限られたものではなく、百貨店やショッピングモールなどの商品やテナントと消費者をマッチングさせるマーケットプレイス事業、加盟店舗が増えるほど顧客の利便性が高まる決済代行事業、ホテルや交通サービスと旅行希望客を仲介業する代理店事業などもプラットフォーム型ビジネスと言えます。そういった場や機会をインターネットサービスを通じて提供するものが「デジタルプラットフォーム」と呼ばれており、Amazon、Alibaba、Googleなどの巨大プラットフォームから小規模なマッチングサイトまで、そのサービスや規模は多種多様であり、デジタル技術の進化とインフラの低コスト化が進み続けている昨今においては、常に新しいデジタルプラットフォームが生まれ続けています。
日本国内の大手企業においてもプラットフォームビジネスの新規立ち上げや既存事業のプラットフォーム転換は重要な経営論点の一つとして、これまでも盛んに議論されてきました。国内でも楽天やYahoo!、LINE、PayPay、メルカリなどテック企業を中心にメガプラットフォームが複数生まれてきましたが、伝統的な大企業においても昨今のデジタルトランスフォーメーションへの注目の高まりのなか、システム開発の内製化及びアジャイル開発対応などの論点にも関連し、各社でプラットフォーム事業の立ち上げに関する取り組みが加速しています。また「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」が2020年6月3日に公布されるなど、国内でも大手数社のみが対象となる法律ではあるものの、多方面からデジタルプラットフォーム提供者企業に対する注目が高まっているのが現状です。
足元ではエッジコンピューティングやAIなどの先端技術の進化及び汎用化によって、従来では取得困難であったオフラインデータの分析及び管理制御が可能になるだけでなく、オンラインデータとの組み合わせによって新たなサービスを提供するプラットフォームビジネスの台頭が期待されています。OMO(Online Merge with Offline)やスマートシティなどはその一例と言えます。また仮想空間やブロックチェーンを活用したNFTマーケットプレイスをはじめとした従来にはないコンテンツの消費・生産・取引活動が生まれ始めており、今後デジタル経済圏がグローバルに拡大していく中で、テック企業のみならず伝統的な大手企業にとってデジタルプラットフォーム展開はより重要な事業テーマへとなっていくことが予想されます。
商取引におけるデジタルプラットフォームの価値
デジタルプラットフォームの定義は諸説ありますが、筆者は「デジタル技術の活用によって、売り手や買い手のような複数グループ間での取引やコミュニケーションにかかる費用及び機会損失を大幅に削減するとともに、データを活用した付加サービスを提供するによって、新たな市場経済圏を創造するビジネスモデル」であると考えています。プラットフォームにおいて常に重要になる論点は「1. 利便性向上による取引摩擦の逓減」「2. プラットフォーム参加者及びコンテンツの増加に応じたネットワーク効果」「3. データ活用による付加サービス及びマネタイズ」です。
1. 利便性向上による取引摩擦の逓減
経済産業省の「電子商取引に関する市場調査」によれば、現状国内のB2B取引(約353兆円)の7割以上はオンライン化されておらず、企業間取引はまだまだデジタルプラットフォーム化による利便性向上の余地が大きいと言えます。これまで電話やメール、Faxや紙による情報伝達が中心であった商談や契約手続きが、Webサービスやオンラインアプリケーションを介してなされる状態になることがわかりやすいユースケースです。またB2CやC2Cであっても、フリマアプリのように既にオンライン化されていると一般的に思われていた市場取引であっても、スマホファーストなUXとして再構築されたことで新しく数千億円規模の市場が創出された事例なども少なからず存在します。そのような大きな市場創造は、デジタルサービスのUIデザインやUX設計の良し悪しの問題だけではなく、デバイスやバックエンドシステムの大きなパラダイムシフトとともに起こることが多く、昨今IoTやVRに注目が集まる理由の一つにもなっています。
2. 規模によるネットワーク効果及び収益逓増
デジタルプラットフォームを論じる上で外せないのがネットワーク効果(又はネットワーク外部性)です。例えば決済サービスにおいては加盟店や利用者が増えるほど支払・送金・引落などの利便性が飛躍的に向上するため、仮に特段の機能追加やサービス改善がなかったとしてもユーザーのリテンション率やLTV(Life Time Value)などの各KPIが上昇する傾向にあります。ECサイトなどにおいても、例えばサイト内での販売商品数が増えるほど、ユーザーにとってそのサイトを定期的に訪問するきっかけや合わせ買いをする理由が明確に増えるだけでなく、掲載コンテンツ数に応じてSEO(Search Engine Optimization)が強くなる傾向にあるため、結果として検索エンジン経由での集客数が増えるなどの効果が期待できます。また前述のフリマアプリにおいても、出品者が増えるほど商品が増えるという分かりやすいメリットだけでなく、出品者は売上金を元手にフリマアプリ内の商品を購入する割合(売手と買手の転換率)が相応に高く、通常の売買プラットフォームに比べてより強いネットワーク効果が生まれているのが特徴です。
3. データ活用による付加サービス及びマネタイズ
デジタルプラットフォーム事業者にとって、あらゆる商取引プロセスやユーザーの行動データを取得・分析・活用できることは大きな強みとなります。データはプラットフォームのサービス改善や新規機能追加に使えるだけでなく、サードパーティ事業者に開放することによって、デジタルプラットフォーム参加者の利便性をより高めるような活用をすることも可能です。例えばECモールなどでは、OMS(Order Management System)や在庫連携システム、WMS(Warehouse Management System)等の外部システムとAPIやFTPサーバー経由でのデータ連携を容易にすることで、出店者の業務負担を減らす取り組みが行われてきました。昨今ではShopifyのようにサードパーティベンダー向けのアプリマーケットプレイスを構築するプラットフォーマーも増えており、データ販売や広告収入だけでなく、新たなマネタイズ手段が次々と生まれています。
大手企業が取り組むデジタルプラットフォーム事業
日本の製造業を中心とした大企業においては自社グループや主要取引先によって確立された強固な流通バリューチェーンを管理するパイプライン型/スタンドアローン型の事業展開が主流であり、それらの改善の積み上げの結果として優れた製品やサービスを無数に輩出してきました。従来の垂直統合型バリューチェーンに対して、自社の取引先ネットワーク拡大や周辺サービスの拡充が期待できるデジタルプラットフォームを接合できれば、収益性・成長性・安定性という面でより従来よりも強固なエコシステムを構築できる可能性があります。特に日本においては伝統的に製造業、卸・仲介業の大企業が数多く存在し、B2Bの商取引おいて今でもメールや電話やFax等での情報伝達プロセスが存在することから、一連のプロセスをデジタル化及び再構築することで、取引費用を低廉化させるとともに新しい収益機会に溢れているのが現状です。
また今後は国内外の競合他社や新興企業などが自社のビジネス領域においてプラットフォーム戦略を推進してきた場合のリスクを考慮する機会が増えることが予想されます。一度プラットフォーム内で構築されたデジタル商圏のなかで取引の仕組みが確立されてしまえば、前述のネットワーク効果やスイッチングコストによって参入障壁が高まってしまうため、プラットフォーマーに奪われたビジネス機会を取り返すことは容易ではありません。 GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)やBATH(Baidu、Alibaba、Tencent、Huawei)などのメガプラットフォーマーだけではなく、創業から数年という短期間でベンチャーキャピタルから数百億円単位の資金調達を実施してユニコーン企業(時価総額$10B以上の未公開企業)となるスタートアップ企業も将来の競合(もしくは提携)候補としてリサーチに注力する伝統的な大手企業も増えており、近年コーポレートベンチャーキャピタルの組成や大手ベンチャーキャピタルファンドへのLP出資などが増加していた理由の一つでもあります。
一方で、デジタルプラットフォームの構築には鶏と卵問題に代表されるようなハードルがいくつも存在します。前述のネットワーク効果が十分に働く規模に達するまでには、相応の集客費用やコンテンツ獲得費用がかかるだけでなく、対象業界パートナー企業やプラットフォーム参加者との信頼関係を築くにも相応の時間を要します。また昨今ではインターネットだけで完結するデジタルサービスによる差別化が激しくなっており、店舗・倉庫・工場設備などのオペレーショナルアセットとのデータ連携や運用知見が求められる事例も増えており、デジタルプラットフォーム事業においてもソフトウェアの実装力や資金力のある大手テック企業が必ずしも有利とは言えない状況です。そのため、ハードウェアや工場設備や不動産などの有形資産や、IP(Intellectual Property /知的財産権)や取引先ネットワークやブランド価値などの無形資産を長い年月をかけて蓄積してきた伝統的な大企業がデジタル事業においても、相対的競争優位になるケースも増えていくと考えられます。
最近ハードウェアやIPなどの自社の強みを活かし、デジタルプラットフォームによる自社エコシステムの強化に成功した分かりやすい事例としてNintendo Switchがあります。任天堂はデバイスに依存せずクロスプラットフォーム対応の方針を打ち出し、Nintendo Switch Onlineというマーケットプレイスを開設するなどのデジタルプラットフォーム戦略を強化した結果、ソフト販売におけるデジタル比率も2022年度には42%にまで成長しています。また2021年10月時点においてハードウェア販売台数9,000万台に対して、有料オンラインアカウント数3,200万人以上とハードウェア購入台数に対して約36%のサブスクリプションユーザーが存在しており、子供からシニアまでより幅広い世代の顧客獲得にも成功しています3。ここでは一般的にイメージしやすいB2C領域の事例として任天堂を取り上げましたが、B2Cで一般化された機能やユーザーインターフェース等はB2B領域でも活用されることも少なくありません。B2C/B2B問わず今後も大手企業によるデジタルプラットフォーム事業の事例が増加してくことが予想されます。
おわりに
日本企業のデジタルトランスフォーメーションにおいては、業務効率化・プロセス改革などの「守りのDX」が先行しておりますが、デジタルプラットフォームのような顧客接点・ビジネスモデルの抜本的改革などの「攻めのDX」への取り組みも今後増加していくと考えられます。IPA( 独立行政法人 情報処理推進機構)が500社以上の企業を対象に行なったアンケートにおいて「デジタル事業を行っており、デジタル事業の売上を低利用的に把握できている」と回答した日本企業は10.5%と米国企業の49.1%に比べると低水準であり、まだまだ成長の余地が大きいと考えられます4。総務省統計局のデータによれば日本国内の大手企業グループの売上高は795兆円(4,809社)であり、そういった企業グループが既存の商流や自社の伝統的な強みを活かしたデジタルプラットフォーム事業を創出することによる期待経済効果は相応に大きいことが予想されます5。これから大手企業のデジタルトランスフォーメーションがより具体的な実践フェーズへと進むなかで本記事がデジタル事業戦略の立案や改善の一助になれば幸いです。
著者について
遠藤 崇史(えんどう たかふみ)。東北大学大学院情報科学研究科を卒業後、株式会社日本政策投資銀行、株式会社ドリームインキュベータを経て、株式会社スマービーを創業、代表取締役CEOに就任。アパレル大手企業への同社のM&Aを経て、株式会社ストライプデパートメント取締役CPO兼CMOに就任。株式会社デライトベンチャーズにEIRとして参画後、ROUTE06を創業し、代表取締役に就任。