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Research

Fair Source:新たなソフトウェアライセンスモデル

2024-8-16

ROUTE06 Research Team

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オープンソースソフトウェア(OSS)は、1970年代後半から1980年代初頭にかけて、商業ソフトウェアに対する対抗手段として登場しました。当初から、OSSはソフトウェア開発における透明性、協力、共有という理念に基づいていました。1983年にリチャード・ストールマンがGNUプロジェクトを立ち上げ、1989年には最初のGPL(General Public License)がリリースされ、OSSの発展が急速に進みました。

オープンソースの最大の魅力は、その無償性と透明性にあります。開発者はソースコードにアクセスでき、それを改変し、再配布することができます。このモデルは、技術革新を促進し、コミュニティの協力による継続的な改善を可能にしました。しかし、このモデルには、商業的に利用される一方で、開発者や企業が持続的に利益を得る手段が欠けているという課題も抱えています。

OSSの登場は、透明性や協力、共有を促進することで技術革新を加速させましたが、近年の商業利用の拡大に伴い、開発者や企業が持続的な利益を確保することが難しくなってきています。この課題を解決するために、新たなライセンスモデルとして「Fair Source(フェアソース)」が提案されました。

Fair Sourceとは

Fair Sourceとは、ソフトウェアを一般公開しつつ、権利主のビジネスモデルを保護するために設計されたライセンスモデルです。このモデルでは、ソフトウェアが最初はプロプライエタリライセンス(著作権者がその使用、改変、配布に制限を設けるライセンス)でリリースされ、後にオープンソースとして公開される「遅延オープンソース公開(Delayed Open Source Publication, DOSP)」という手法が採用されます。これにより、企業は一定期間、自社のコードを商用利用者に限定して提供し、収益を確保した後にコミュニティに公開することができます。

Fair Sourceは、OSSと商用ライセンスの中間に位置し、両者の利点を融合させた新しいモデルです。Fair Sourceの特徴は、ソフトウェアの使用が一定のユーザー数や収益額に達するまで無償で利用できる点にあります。それを超えた場合、ユーザーは使用料を支払う義務が発生します。これにより、企業や開発者はソフトウェアの提供を続けながら、開発コストを回収し、さらに新たな開発への投資を行うことが可能になります。

たとえば、あるソフトウェアがFair Sourceライセンスのもとで提供されている場合、ユーザー数が100人未満であれば無償で利用できます。しかし、ユーザー数が100人を超えると、使用料を支払う必要が出てきます。この条件は、ライセンス提供者によって設定され、柔軟にカスタマイズ可能です。

従来のOSSライセンス(例:MIT、GPL)は、ソフトウェアの自由な利用、改変、再配布を許可していますが、商業利用に対する制約がありません。これに対して、Fair Sourceは無償利用の範囲を制限し、商業利用者に対して使用料を求めることで、開発者に対する報酬を確保します。一方、商用ライセンス(例:Proprietary、BSL)は、ソフトウェアの利用に対して明確な使用料を設定し、ユーザーに制限を課します。

Fair Sourceは、商用ライセンスと異なり、無償利用の範囲を設けつつ、商業利用者に対してのみ使用料を徴収するハイブリッドモデルを採用しています。これにより、より広範なユーザー層にアプローチできる点が特徴です。

Fair Sourceの事例

Sentryはエラーモニタリングとパフォーマンス管理のツールで、OSSコミュニティにおいても広く知られています。2018年にBSD-3ライセンスからBusiness Source License (BSL)へ移行し、2024年からFair Sourceの下でFunctional Source License (FSL)を採用しています。SentryがFair Sourceを採用した背景には、オープンソースソフトウェアのコミュニティと企業の間で長年続いていた緊張関係がありました。Sentryでは、買収したCodecovを「オープンソース」と表現したことでコミュニティ内で議論が加熱したこともあり、ソフトウェアライセンスに関する価値観と権利を明確にする必要がありました。

Sentryが新たに採用したFunctional Source License (FSL)は、SaaS企業向けに最適化されたライセンスであり、ソフトウェアの使用自由度と開発者の持続可能性を重視しています。FSLでは、ソフトウェアの商業利用を制限する一方で、内部使用、修正、および改善提案は自由に行えます。FSLの主な特徴は次の通りです。

1.公開から2年間の非競争期間:

商業的に競合する目的での利用を制限する期間が2年間に設定されています。この期間は、企業に対する保護とコミュニティへの貢献をバランスさせるためのものです。

2.Apache 2.0への移行:

非競争期間終了後、ソフトウェアはApache 2.0の下でオープンソースとして再公開されます。これにより、ユーザーは特許に関する保護やその他の利点を享受できます。

3.追加使用許可の排除:

複雑な追加使用許可条項がなく、許可された使用目的(Permitted Purpose)として、競合しない範囲での利用が明確に定義されています。

また、CodeCraftersやGitButlerもSentryと同様にFSLを採用していますが、将来的にはMITライセンスへ移行する計画です。MITライセンスへの移行は、より広範なOSSユーザーへの開放を意味し、最終的にはすべての利用者が自由にソフトウェアを利用できるようになる可能性があります。

【Fair Source Companiesリスト】 (2024/8/14 筆者作成)

企業事業概要公表日ライセンス
Codecovコードカバレッジのレポートツール2024/8/6Functional Source License, Version 1.1, Apache 2.0 Future License
CodeCraftersプログラミング教育のプラットフォーム2024/8/6Functional Source License, Version 1.1, MIT Future License
GitButlerGitリポジトリの管理ツール2024/8/6Functional Source License, Version 1.1, MIT Future License
Keygenソフトウェアライセンス管理のプラットフォーム2024/8/6Fair Core License, Version 1.0, Apache 2.0 Future License
PowerSyncデータ同期と統合のソリューション2024/8/6Functional Source License, Version 1.1, Apache 2.0 Future License
Sentryエラーモニタリングとパフォーマンス監視のプラットフォーム2024/8/6Functional Source License, Version 1.1, Apache 2.0 Future License
Ptah.sh開発者向けのツール2024/8/9Functional Source License, Version 1.1, Apache 2.0 Future License

Fair Sourceのメリットとデメリット

Fair Sourceライセンスは、ソフトウェア開発者や企業にとって新たな収益化モデルとして、いくつかの重要な機会とリスクを提供します。これらの要素を理解することは、Fair Sourceを成功裏に導入するために不可欠です。

機会

1.持続可能な収益化モデルの構築

Fair Sourceライセンスは、ソフトウェア開発者や企業が持続的な収益を得る手段を提供します。例えば、無償利用の範囲を設定することで、小規模な利用者には無料でソフトウェアを提供し、商業利用者には適切な使用料を徴収することが可能です。このアプローチにより、OSSコミュニティの精神を維持しつつ、開発者への報酬を確保できます。

2.柔軟なライセンス条件

Fair Sourceは、ユーザーの規模や収益に応じた柔軟なライセンス条件を設定できる点で、従来のOSSライセンスや商用ライセンスに対して優位性を持ちます。例えば、企業は、利用者がソフトウェアを無償で使用できるユーザー数の上限や、収益額に基づいた使用料を自由に設定することが可能です。これにより、ビジネスモデルに適合したライセンス条件を柔軟に設計できます。

3.技術革新とコミュニティの成長

Fair Sourceライセンスは、OSSの透明性や協力の理念を保持しつつ、技術革新を促進する手段として機能します。開発者が自らの技術を公開しつつも、商業利用者からの収益を得ることができるため、コミュニティの成長と持続可能な開発を両立させることができます。

リスク

1.オープンソースコミュニティからの反発

Fair Sourceは、OSSコミュニティにおいて従来の「自由な利用」の理念から逸脱していると見なされる可能性があります。このため、Fair Sourceを採用する企業や開発者は、コミュニティ内で批判や反発に直面する可能性があります。特に、OSSの精神に反すると感じる一部の開発者やユーザーからの不信感が懸念されます。

2.技術的および法的な課題

技術的には、使用料の徴収方法を正確に追跡する仕組みの構築が必要です。また、法的には、国際的な利用者に対してライセンスがどのように適用されるか、各国の法制度に対応するための調整が求められます。これらの課題は、特にグローバルな企業にとって重大なリスクとなる可能性があります。

3.市場競争の激化

Fair Sourceモデルは、他の収益化戦略を採用している企業との間で競争を引き起こす可能性があります。特に、Fair Sourceを採用する企業が既存のOSSプロジェクトや商用ライセンスのソフトウェアと競合する場合、市場でのシェア獲得が困難になることがあります。また、他の企業が類似のライセンスモデルを採用することで、差別化が難しくなるリスクも存在します。

Fair Sourceは、OSSの持続可能性を確保し、収益化を図るための新たなライセンスモデルとして、多くの企業や開発者にとって魅力的な選択肢となる可能性があります。しかし、その導入にはオープンソースコミュニティとの関係性を慎重に扱い、技術的および法的な課題に対処する必要があります。Fair Sourceが広く受け入れられ、成功するためには、企業や開発者がこのモデルの潜在的なリスクを理解し、適切な戦略を採用することが不可欠です。

オープンソースの未来とFair Sourceの可能性

オープンソースは、技術革新の原動力として重要な役割を果たしてきました。今後も、多くの企業や開発者がOSSを採用し、コミュニティ主導の開発が進むでしょう。その中で、Fair Sourceのような新しいライセンスモデルが、OSSの持続可能性を確保しながら、さらに進化を促進する可能性があります。

Fair Sourceは、OSSの持続可能性を確保するための新たなアプローチとして注目されていますが、その成功は、コミュニティの受け入れと適切な実装にかかっています。Fair Sourceが広く受け入れられることで、OSSのエコシステム全体がより健全で持続可能なものになる可能性があります。

しかし、Fair Sourceが成功するためには、開発者や企業がこのモデルをどのように採用し、どのようにコミュニティとの関係を築いていくかが重要です。また、このモデルがOSSの基本理念にどのように影響を与えるかも考慮する必要があります。

Fair Sourceの導入が広がることで、OSSエコシステム全体に新たなビジネスモデルが浸透し、持続可能なソフトウェア開発が促進される可能性があります。これにより、OSSの未来がより明るいものになるかもしれません。

まとめと今後の展望

Fair Sourceは、OSSの持続可能性を確保するための新たなアプローチとして注目されています。このライセンスモデルは、従来のOSSモデルの課題を克服し、開発者に対する公平な報酬を提供する手段を提供します。

今後、Fair Sourceが広く受け入れられることで、OSSエコシステム全体が進化し、さらに多くの企業や開発者がこのモデルを採用する可能性があります。しかし、Fair Sourceが成功するためには、コミュニティとの良好な関係を維持し、適切なライセンス条件を設定することが重要です。Fair Sourceは今後のOSSの進化における一つの選択肢として考慮することができるでしょう。

参考文献

免責事項

本記事は、Fair Source及びオープンソースのライセンスに関する一般的な情報提供を目的としており、法的助言を構成するものではありません。記事内の情報は、執筆時点での一般的な理解に基づいていますが、法律や状況は常に変化する可能性があります。具体的な法的問題や疑問については、必ず資格を持つ弁護士にご相談ください。

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著者について

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