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Research

温室効果ガス削減に向けたルーリングの歴史と日本企業の取り組み【後編】

2024-8-15

今村 菜穂子 / Nahoko Imamura

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前編では、温室効果ガス排出権を巡る国際的な情勢の変化と日本企業の事例について触れてきました。2020年下半期から2021年上半期の間に、商社各社は相次いで脱炭素を宣言し、実現に向けたロードマップを発表しました。それは第26回気候変動枠組条約締結国会議(COP26)の英グラスゴーでの開催を直後に控え、各国内でより積極的な数値目標と具体的アクションの策定に向けた活発な議論がなされている最中でした。

商社各社は、炭鉱や石炭火力発電所を企業として保有していることが、その他事業の資金調達や取引開始にも影響を与え、脱炭素に向けた企業意思を内外に早急に示す必要がありました。その象徴的な出来事として2021年1月に三菱商事はベトナム南部ビントゥアン省に建設予定であった石炭火力発電所への事業参画を断念しました。これは脱炭素への関心の高まりを受けて英HSBCが融資団から撤退し、事業計画の実現性が不透明になったことによるものでした。

世界で脱炭素の流れが急速に進む中、総合商社各社もそれぞれの強みを生かした新エネルギー事業に進出していきます。この記事では、急ピッチに進められている排出量削減に向けた総合商社各社の事業事例を一部ご紹介します。

総合商社の各社事例

1. 三菱商事、カーボンニュートラル社会へのロードマップ

三菱商事は2021年10月に「カーボンニュートラル社会へのロードマップ」を発表しました。大きな柱は、①GHG(グリーンハウスガス)排出量を、2020年度対比で2030年度には半減させ、2050年にはネットゼロとする、②その実現のため、EX(エネルギートランスフォーメーション)関連事業に2030年度までに2兆円規模を投資する、③EX・DX一体推進による「新たな未来を創造する」の3つです。

三菱商事はEX関連事業として、再生可能エネルギー事業の拡大、電化を支えるベースメタル・レアメタルの再利用や、安定確保、次世代エネルギーサプライチェーン構築などに取り組み、低・脱炭素エネルギーの安定供給と次世代エネルギーへの転換準備を行っています。それと同時にDXによってサプライチェーンの最適化やデータの相互連携による最適サービスの提供を行っていき、エネルギーや資源の無駄をなくしていくというものです。このロードマップに即した各グループの具体的な取り組みを一部ご紹介します。

電力ソリューショングループは2020年に中部電力と共に買収した蘭総合エネルギー事業会社Eneco社を拠点に、欧州の再生エネルギー開発案件を次々と手掛けています。Eneco社の再生エネルギー保有持分容量は480万KW超(2022年時点)。中でも洋上風力開発案件に強みを持ち、内製化した開発部隊の経験とサプライヤーとの関係値等による強みは欧州案件開発だけでなく、日本を含む他地域の洋上風力案件開発でも活かされています。その他にも浮体太陽光発電開発、欧州最大級の蓄電設備の運営、直近では風力で生産した電力を用いて電気分解した水素を地中に貯蔵し、電力不足時にエネルギー転換をしてグリッドに供給するプロジェクトを独で開始しました。

地球環境エネルギーグループでは、持分保有しているLNGプラント隣接地にプロジェクト操業時に排出される二酸化炭素を地中に貯留するプロジェクトや、直接空気中から二酸化炭素を回収するDAC(Direct Air Capture)技術の商用化に関わる実証実験への参画。また、クリーンな代替燃料となる水素を回収した二酸化炭素と合成してメタンを生産したり、MCH(メリルシクロヘキサン)、アンモニアに変換するなど、輸送の安全性、コスト、エネルギー効率などの観点から最適な水素サプライチェーンの構築に向けたプロジェクトをアジア、中東、北米、豪州、欧州など広域で行っています。

従来、原料炭を最大の収益源としてグループ収益の7割超を占めていた金属資源グループは、カーボンニュートラルな企業へという大きな方向転換後、2023年10月に豪クイーンズランド州にある製鉄向けの原料炭鉱の一部売却を発表しました。全部で七つある炭鉱のうち、二酸化炭素の排出量が高い石炭が出る炭鉱二つがその対象です。今後は高品位の原料炭、鉄鉱石の供給に絞り、同時に電炉の拡大に役立つ直接還元鉄や、蓄電池の原料となるリチウムなど、クリーンな電化社会を支える金属資源の安定供給に注力するとしています。

その他、三菱商事は、ビル・ゲイツ氏が2015年に設立し、革新的な脱酸素技術の社会実装を加速させる為に個別投資やメンター等を行ってきているプロジェクトBreakthrough Energy にCatalystとして参画し、全世界的な課題であるカーボンニュートラル社会の実現に不可欠な新技術とイノベーションを発掘し、社会実装への導いていく役割を担っています。鉄鋼・航空・金融・エネルギーなど様々な分野を代表する企業・団体等とグリーンテック分野における議論とアクションを続けています。

2. 三井物産、資源ポートフォリオ改善とLNG事業拡大

三井物産では2020年5月発表の中期経営計画に、低・脱酸素に向けた方針が織り込まれており、2023年5月発表の次期中期計画にもその進捗及び、更なる推進の意思が示されています。三井物産の低・脱炭素に向けた方針は、①資源・発電ポートフォリオの良質化による企業としての排出量の削減、②世界の環境負荷低減に貢献するLNG事業等による燃料転換促進、③エネルギーソリューション領域等の気候変動対応を機会とする事業拡大を通じた排出量削減です。

資源・発電ポートフォリオの良質化に関連し、2021年6月にはインドネシアのパイトンにある石炭火力発電所の持分売却を発表。次いで、2022年8月には製鉄用原料炭を産出する豪炭鉱の持分売却を発表しました。一方、2022年4月にはアイルランドのダブリンに本社を置く再エネ開発会社Mainstream Renewable Power Limitedへの新規出資や、インド大型再エネ事業(風力発電所、太陽光発電所、蓄電施設)への出資参画を発表し、資源・発電ポートフォリオの良質化に早速舵を切り出しました。その後もメキシコ湾沖合の油田事業の持分売却、多様な自然エネルギー発電事業への新規投資を行うなど、継続したポートフォリオの低・脱炭素化を進めています。

LNG事業等による燃料転換促進においては、石炭や石油燃料からガスへの燃料転換を現実解と捉え、米テキサスのシェールガス/タイトガス開発への参画(2023年4月)、ベトナム Block Bガス田開発(2024年3月)など、ガス資源の確保、及び発電施設等の利用地までのパイプライン敷設、トレーディング事業による資源流動性の向上を進めると同時に、水素・アンモニア・メタノール等の次世代燃料の混焼や専焼、還元鉄の導入など、よりクリーンなエネルギーへの事業転換を進めています。

新エネルギーソリューション導入加速による排出量削減については、ゴミ埋め立て地から発生するメタンを活用したクリーン水素や圧縮天然ガス生産事業会社への出資、再生可能ディーゼルやSAF(持続可能な航空燃料)の生産事業への出資、圧縮水素タンク・システム・バッテリーの車両インテグレーション事業など、新エネルギー生産の開発や、その周辺領域への事業参画を進めています。また、原生林再生事業によるカーボンクレジット事業を行う豪Climate Friendly社への新規出資と森林アセットマネジメント事業者である豪New Forestsへの追加出資を発表など、排出権取引市場を拡大させることによる実世界での排出量削減をリードしていく姿勢を見せています。

3. 丸紅、脱炭素目標を前倒し:2025年に石炭火力発電容量半減を目指す

丸紅株式会社は早い段階から企業として脱炭素に向けた指針を発信してきました。2018年9月に「石炭火力発電事業及び再生可能エネルギー発電事業に関わる方針」として、①2018年度末見通しの石炭火力発電容量(約3GW)を2030年までに半減させること/保有発電資産の効率化・環境負荷の軽減に取り組むこと、②新規石炭火力発電開発には取り組まないこと、③再生可能エネルギー発電事業割合を2023年までに全保有資産容量の現10%から20%に拡大することを宣言しました。

この上で、2021年に改めて発表した「気候変動長期ビジョン」では、2050年までにGHG排出をネットゼロとすること、事業を通じた低炭素・脱炭素化への貢献を宣言し、先に発表した石炭火力発電容量(約3GW)の半減達成を2030年より前倒し、2025年とすることも発表しました。その後、2022年発表の中期経営戦略においても、「グリーン事業の強化」「全事業のグリーン化推進」としてこの方針は踏襲されています。

エネルギー供給サイドの事業としては、再生可能エネルギー電源事業、及びその小売り事業への参画、水素・アンモニアなど代替エネルギー事業への参画、分散型エネルギーシステムの構築、EVインフラ・バッテリー関連事業への参画を挙げており、数々の再生可能エネルギー電源事業への参画、日豪間のグリーン水素サプライチェーン構築実証実験やアンモニアサプライチェーン構築事業化調査への参加、米テキサスからカーボンニュートラル化されたエチレン海上輸送サービスの開始、次世代蓄電技術を持つエストニア国企業への出資、UAEドバイでのSAF生産に向けた調査開始、大容量再生可能エネルギー受入れの阻害要因の一つとなっている送電容量の不足に即座に対処し得るソリューションを有する米LineVision社への出資など、再生可能・次世代エネルギー生産及び輸送事業自体への参画だけでなく、その周辺技術への参画も加速しています。

エネルギー需要サイドの事業としては、電池の回収と再利用関連事業への参画、炭素の回収や貯蔵技術への投資の他に、省エネ素材や製品・サービスの供給や、モーダルシフトへの対応などが挙げられており、2021年に使用済みEVバッテリーを活用した電力需給調整と系統負担の緩和を可能にする技術を持つ米スタートアップB2U Storage Solutions, Incへ出資。その知見を活かし、2023年にはベトナム初の自動車メーカーVinFast社とEVバッテリーを二次利用した事業の共同開発を開始。その他にも、2023年にカナダ・アルバータ州にて二酸化炭素回収・貯留事業を開発中のBison Low Carbon Ventures Incに出資し、2024年の商用化を目指すなどしています。尚、丸紅の特徴としては、一般炭権益を保有していない為、石炭権益の売却などは不要な状況でした。

まとめ

今回、商社三社の温室効果ガス排出量削減に向けた指針・戦略・実際の事業活動を見てきましたが、再生可能エネルギー、及び次世代エネルギーの生産事業自体への投資を加速させている点では共通しているものの、その周辺領域、特に必要エネルギーを減らすというソリューション事業に対しては、その関心領域が大きく異なり、各社の強みが反映された事業選択を非常に興味深く感じます。

三菱商事は2022年度に過去最高連結純利益を叩きだし、2023年度も過去二番目となる利益水準を維持。三井物産も同様に2022年から連続して一兆円を超える連結純利益を出すなど、好調を維持しています。両社ともに高品位原料炭価格が高騰したことや、LNG価格が高い水準を維持していることが影響しており、それは保有資源資産ポートフォリオの改善が功奏した結果と言えます。しかし、商社各社が現在投資を進め、種まきをしている新エネルギー分野の事業が利益貢献をしていくのは主に2027年度以降と各社想定しており、各社の新たな事業ポートフォリオ構築の結果が顕在化していくのはこれからと言えます。

今後も商社各社が世界中の事業パートナーと開拓していく温室効果ガス排出量削減に向けた事業に大きな期待を寄せると共に、更なる展開をウォッチしていきます。

参考文献

エンタープライズ新規事業ESGSDGs再生可能エネルギー気候変動対策カーボンニュートラル総合商社CleanTechClimateTechサーキュラーエコノミー

著者について

今村 菜穂子(いまむら なほこ)一橋大学商学部卒業後、McKinsey&Companyにて事業戦略立案、新規事業立案及び実行、業務オペレーション改善など様々な経営コンサルティング業務を経験。丸紅株式会社にて中米・アジア・中東地域における事業投資業務に従事した後、スタートアップにて社長室長、執行役員などを歴任。現在は英国を拠点に各種コンサルティング業務の提供、事業立ち上げ支援等に従事。


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