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温室効果ガス削減に向けたルーリングの歴史と日本企業の取り組み【前編】
2024-7-16
地球温暖化を食い止めるための世界の取り組みは、科学的な気候変動の影響が明らかになるにつれて、徐々に進展してきました。しかし削減に向けた具体策はまだまだ発展途上であり、市場規模も今後更なる拡大が必要です。企業や人々の善意により取り組まれる策ではなく、温室効果ガス排出削減活動がいかに経済的なメリットをもたらし、取り組まないことがデメリットを伴う仕組みに出来るか。これまで先進国と途上国双方が自国への影響を考慮しながら試行錯誤をしてきました。
今回は、温室効果ガス排出削減における様々なルールとその問題点、今後の温室効果ガス排出削減を巡る日本政府や企業の課題についてご紹介します。
温室効果ガス削減に向けた世界のルーリング
まず、温室効果ガス削減1に向けた世界のルーリングの主なマイルストーンをおさらいします。
①1992年 【 国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の採択】
1992年、国連総会で採択されたこの条約は、気候変動への対処を目的としています。各国は、温室効果ガス排出量削減目標を設定することに同意しました。
②1997年 【京都議定書】
この議定書は、工業化された国々(OECD諸国、市場経済移行国等)に対して温室効果ガス(GHG)の削減目標を設定しました。工業化された国にのみ目標設定がされたのは、1) 開発途上国における一人当たりの排出量は先進国と比較して依然として少ないこと、2) 過去及び現在における世界全体の温室効果ガスの排出量の最大の部分を占めるのは先進国から排出されたものであること、3) 各国における地球温暖化対策をめぐる状況や対応能力には差異があることなどの理由からです。各国は法的拘束力のある数値目標として1990年の排出量を基準として5%以上の削減目標を定めました。これらは結果として各参加国に排出削減目標が設定された初めての国際的な枠組みとなりました。しかし、途中でアメリカが締結を拒否・離脱し、ロシアも締結に二の足を踏んだことから、2005年にようやく発効される運びとなりました。
③2015年 【パリ協定】
パリ協定は、気候変動の緩和に関する国際的で、包括的な枠組みの第二弾であり、2021年以降の温室効果ガスの排出削減目標を定める重要な役割を担っています。京都議定書で定められた義務対象は先進国のみですが、パリ協定では世界中の参加国が削減義務を負うことになりました。主要な目標は、地球温暖化を2°C以下に抑え、可能な限り1.5°Cまで温度上昇を抑えるというものです。国毎の事業や能力に応じた国別自主目標の提出が参加各国に求められ、その後の進捗報告義務が課せられました。
④2021年【COP26】
グラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)は、パリ協定の目標を達成し、気候変動に対処するための国際的な枠組みを強化することを目的として開催されました。各国がパリ協定よりも野心的な脱炭素目標を提出し、実行に向けた行動計画を策定しました。また、開発途上国への技術支援や財政支援の増加も同意されました。
このように30年超を掛けて、温室効果ガス排出削減の重要性が認識され、具体的な削減目標設定がなされてきました。
京都メカニズム
1990年代、先進国が京都議定書における排出削減目標を達成するために、他国と協力して経済的に温室効果ガスを削減する三つの仕組みが認められました。それらは京都メカニズムと呼ばれ、京都議定書の締結国が、決められた方法で温室効果ガスの排出量を算出し、それを毎年規定の方法で遵守委員会に提出するなど、一定の条件を満たした場合に参加することが出来る最初の経済的仕組みでした。このメカニズムは3種、①JI(共同実施)、②CDM(クリーン開発メカニズム)、③ET(排出量取引)というものです。いずれも先進国が途上国に対して資金や技術を移転し、温室効果ガス削減事業を世界規模で拡大させることを意図した仕組みです。
①JI(Joint Implementation:共同実施)
先進国同士が共同で温室効果ガス削減プロジェクトを実施し、達成された温室効果ガス削減分の一部を先進国が自国の削減量として充当できる制度。
②CDM(Clean Development Mechanism:クリーン開発メカニズム)
先進国が技術や資金を提供し、途上国で温暖化対策事業を行い、その事業によって排出削減されたクレジット(CDMの場合は認証排出削減量:CERs/Certified Emission Reductionsと呼ばれるクレジット)を、事業の投資国(先進国)と事業の投資先国(途上国)とで分け合う制度。事業は、事業の受け入れ国となる途上国の持続可能な発展を助ける目的で行われなければなりません。
③ET(排出量取引)
京都議定書の削減目標をもつ国の間で、排出割当量の一部を取引することができる制度。日本は先進国の立場であり、国として温暖化効果ガスの排出枠にキャップができ、削減活動無しには排出枠内に排出量を抑えられない状況となりました。
CDMプロジェクトの取り組みと問題点
日本企業の中でも、総合商社各社は先陣を切って主にCDMプロジェクト、そして一部ETへの取り組みを開始しました(先進国間で排出権を融通するJIは実質的にほとんど認められず、機能していませんでした)。案件発掘からファイナンスの取り付け、環境許認可取得、工事事業者手配にその管理まで、CDMに伴う様々な業務は世界各国で様々な大型インフラ事業を手掛けてきた総合商社にとっては得意分野であり、手掛ける分野はバイオマス・バイオガス発電所、風力発電所、水力発電所、地熱発電所、燃料転換、廃棄物メタンガス回収など多岐に渡りました。
しかし、CDM事業では通常のプロジェクトとは異なる問題が存在しました。それは、国連によるクレジットの承認です。この承認がCDM理事会(運営組織)を構成するメンバーにより影響を受けること、表向きに説明される判断基準も変わること、承認プロセスが一貫していないこと、また、その処理スピードが年々長期化しプロジェクトの採算に影響を与えること等、挙げると枚挙に暇が無く、携わる各社を悩ませました。また、CDMにおいて、排出権販売国となるのは中国 (50%)・インド (14%)・ブラジル (9%) で約75%を占め、一方、購買国としては、イギリス(27%)・日本(20%)・オランダ(14%)・イタリア (10%)、カナダ (7%) で約75%を占めました。このような限られた販売国と複数の購買国という構図の中で、販売国は購買国の足元を見る恰好となりました。
中国はいち早くCDMプロジェクトにおける自国内の制度を設定し、プロジェクトへの51%以上の外資の出資は認めないこととしました。実際には15%程度も認めず、事実上プロジェクトへの共同出資を不可能としたことで、先進国はプロジェクトを整備するコストを負担した上、さらに排出権購入のため資金を払うことになりました。しかも、中国は排出権の価格を国が管理しており、価格を一定水準以上に維持するという対策も取り、参画商社のプロジェクト採算は悪化の一途をたどりました。
また、インドでもプロジェクト実施権利を国際競争入札方式で実施することが頻発し、参加企業・参加諸国のコストは増大しました。当時の途上国では表向きの道理では決まらない商習慣も存在し、対応しかねる日本企業を悩ませました。CDMは開発事業者のリスクが非常に高く、各商社にとって採算の良いプロジェクトとはなりませんでした。
2012年に京都メカニズムとして運用されてきたCDM事業はついに破綻をきたします。EUにおけるCERの利用禁止政策の開始と、日本の京都議定書上の数値目標からの離脱判断からです。主な理由は、米国の制度不参加による両地域の企業競争力の低下に加え、EUは独自の排出権市場の価格維持政策のため、そして日本は2011年に発生した東日本大震災による原子力発電所の停止事態からでした。需要者が居なくなり、価格が付かなくなったCERは無価値となり、CDM事業への信用力は失墜しました。2013年からはCDM理事国が創設した任意償却制度の元、その清算作業が開始され、CER在庫12億トン(CO2)は緩やかに償却されていきました。CDM事業へ投資してきた商社や、ETにて先物取引を手掛けた邦銀や一部商社は損失を計上しました。
そして現在でも未だ排出権においてCERに代わるような、国際的に共通した方法で承認され、そして流通するクレジットは登場しておらず、国際的なクレジット承認ルール作りが議論されています。2021年グラスゴーで行われたCOP26においてクレジットの二重計上を巡る問題に結論が付けられるなど、一歩ずつ進められています。
日本の現在地と今後の展望
現在、欧州のEU-ETSを筆頭に、キャップ&トレードの原則3に基づいてカナダや、中国、韓国、米国の一部の州などでは排出権取引市場が成立していますが、日本では排出削減分のみをクレジットとして取引するJ-クレジット制度が導入されるなど、国際的に共有したルールで経済活動を行う土台が整っていません。パリ協定で合意した削減目標を各国が達成するためには、国際的に共通したルールの制定は不可避であると考えられます。ただ、国連が主体となり、一部の理事国がクレジット承認をする仕組みとなっていたCDMの失敗を繰り返さぬよう、日本政府や企業がルール作りから存在感を示し、持続的な仕組みの運営主体として参加出来ることを期待します。
一方、企業は排出権に直接関わる事業懸案だけでなく、ESGの観点からも一定の基準を満たす経済活動を行っていないとファイナンスが出来ない、競争入札に参加出来ない、取引を開始出来ない等の厳しい条件に対応する必要があります。。これらは投資家・公的民間両銀行・企業、そして市民等の監視の目であり、彼らが企業活動を監視し、評価し、それに紐づいたアクションを起こした結果であり、日本だけでなく世界的に企業は自身の身の振り方を変える必要に迫られています。
例えば、商社各社は保有する炭鉱の売却、石炭火力発電所の売却や燃料変換、そして自然エネルギーを用いた発電所の運営や、それらエネルギーの水素化やアンモニア化による大規模輸送など、新たなエネルギー事業の展開を進めています。後編では、これら新エネルギー事業についてご紹介していきます。
参考文献
著者について
今村 菜穂子(いまむら なほこ)一橋大学商学部卒業後、McKinsey&Companyにて事業戦略立案、新規事業立案及び実行、業務オペレーション改善など様々な経営コンサルティング業務を経験。丸紅株式会社にて中米・アジア・中東地域における事業投資業務に従事した後、スタートアップにて社長室長、執行役員などを歴任。現在は英国を拠点に各種コンサルティング業務の提供、事業立ち上げ支援等に従事。