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マルチプロダクト戦略、コンパウンド、All-in-Oneの関係

2024-3-8

宮田 善孝 / Yoshitaka Miyata

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マルチプロダクト戦略と一言に言っても、その類型は様々で、SaaSとしての類型やターゲットにより適したものが変わってくることを過去の記事である「SaaSにおけるマルチプロダクト戦略」で確認しました。実は他にも似たような概念として、コンパウンドやAll in One(End to End)などがあります。国内でSaaSを展開していく上で、複数プロダクトを出していくことの重要性を物語るように、様々な角度から議論されていることがわかります。

本記事では、マルチプロダクト戦略、コンパウンド、All-in-Oneを体系的に整理し、戦略のあり方を議論する上での土台の提供に挑戦します。

マルチプロダクト戦略

まず最初にマルチプロダクト戦略のおさらいをしましょう。SaaSにおけるマルチプロダクト戦略は1つのSaaS企業が複数の異なるプロダクトを提供する戦略です。これにより異なるセグメントやユーザー層のニーズに対応し、収益を多角化します。SaaS企業が1つの主力プロダクトに依存せず、新たな成長ドライバーとして新規プロダクトを展開し、複数のプロダクトの組み合わせによって事業成長を後押しするアプローチです。

マルチプロダクトはHorizontal SaaSでも、Vertical SaaSでも展開されており、メインプロダクトと第2、第3のプロダクトの関係性(周辺なのか、全く別プロダクトなのか)と、それぞれのプロダクトのバイヤーの関係(同じバイヤーなのか、異なるバイヤーなのか)の2軸で下記のように整理ができます。

上記のように4つの類型があり、アドオン型、ターゲット型、カテゴリー型、スイート型として定義できます。正確な定義と具体例については、「SaaSにおけるマルチプロダクト戦略」をご参照下さい。プロダクト間の関係性とバイヤーなど、プロダクト戦略を語る上で、重要な2点で分岐が起きていることから、プロダクトの設計やマーケティングではなく、戦略視点での定義と言えるかもしれません。

コンパウンド

次にコンパウンドです。マルチプロダクトは、文言通り、複数のプロダクトを提供することを指します。その中で、複数のプロダクトで共通する基盤的な要素を切り出し、進化させることで、統合的なUXや認証、課金、データ、権限周りなどを一括で開発し、アプリに供給することをコンパウンドと呼びます。 つまり、マルチプロダクト展開を行う上で、共通のプロダクト基盤をコンパウンドとして確立している状態のことを指し、下図のようにマルチプロダクトの一類型と捉えることができます。

また、各プロダクトとプロダクト基盤の関係を図示すると以下のように、プロダクト基盤を土台に各種プロダクトが立ち上げられ、運用されている状態になります。

さらに、コンパウンドの捉え方には、大きく2のパターンがあります。1つ目はプロダクトに重きがある場合であり、もう1つはプロダクト基盤に重きがある場合になります。前者は基幹プロダクトを展開し、適したマルチプロダクトの類型を採用し、領域を広げていきます。この過程で、共通部分を基幹プロダクトから切り出し、基盤として認識し進化させて行きます。

逆に後者の場合は、iPaaSや経営基盤など、APIやデータの集約にプロダクトしての根幹があるケースです。この場合、基盤の上に乗っているアプリよりも、基盤として確立していること自体が、競争力になり、この設計や拡張性が差別化要素となります。

このように、コンパウンドはマルチプロダクトを実現していく上でのプロダクトの構成に着目した概念と言えるでしょう。

All in One

最後に、All in Oneです。この概念が最もよく使われており、プロダクト戦略、プロダクトの構成やマーケティングなど、様々な視点から使われ、非常に多義的なものです。

まず、プロダクト戦略とプロダクトの構成の2側面に着目し、整理をしていきます。そうすると、Allとは機能やプロダクトを指し、Oneは基盤となるプロダクトやプラットフォームを指します。プラットフォームという言葉は様々な類型がありますが、ここでは複数のプロダクトを提供するときに基盤として成立しており、共通部分が切り出されたものとします。つまり、複数プロダクトを1プラットフォームで提供するとき、プラットフォームとコンパウンドは同義という解釈になります。

なお、プラットフォームという言葉は多義的で、APIを提供する際、3rd Partyに公開されたAPI群をAPIプラットフォームと言ったり、受発注業務を処理できるSaaSだけではなく、実際に発注、受注できる機能まで提供することがあり、この機能がマッチングプラットフォームと呼ばれることもあります。

AllとOneの組み合わせを紐解くと、そのパターンは2つしかありません。1つ目は複数の機能を1つのプロダクトとして提供したものであり、マルチプロダクト戦略で言うアドオン型を意味したり、そもそもマルチプロダクトではなく、シングルプロダクトとして複数機能を搭載しているものを指します。2つ目は複数のプロダクトを1つのプラットフォーム上で提供したものであり、これは、マルチプロダクト戦略で言うスイート型、カテゴリー型に該当します。ただし、スイート型、カテゴリー型の場合、プロダクト共通基盤がなく、完全独立でマルチプロダクトを展開している可能性もありえます。All in Oneというには何らかのプラットフォームが必要であり、完全に独立したマルチプロダクトの場合は何からのプラットフォームが機能していること(コンパウンドであること)が前提となります。

少し目線を変え、マーケティングをベースにAll in Oneを捉えると、ユーザーへの訴求として使われることもあります。つまり、ユーザーニーズを広く実現できるプロダクトであることを訴求する意味で使われます。この意味でのAll in Oneの対比として、ベスト・オブ・ブリードが挙げられ、こちらもユーザー視点での概念で、特定の分野や機能ごとに最適なプロダクトを選定し、組み合わせて使うことを指します。

このように、All in Oneはプロダクト戦略、プロダクトの構成以外にも、マーケティングの意味合いでも使われることがあり、使う人によって解釈の幅が非常に広い概念と言えます。このような概念は使われているのを見聞きする場合も、使う場合も誤解を生みやすいので、注意が必要でしょう。

まとめ

国内においてTAM(Total addressable market)が限定されることから、マルチプロダクト戦略やコンパウンド、そしてAll in Oneなどが広く採用され、打ち手の細分化、最適化が進んで行くことが予想されます。ターゲットセグメントに対して、どのマルチプロダクトの類型で戦うべきか、コンパウンドさせる上で重きをどこにおくかなど、実際検討され、プロダクト開発を進めている話を毎月のように聞くようになっています。今後、マルチプロダクト戦略やコンパウンド、そしてAll in Oneなどを採用していく上で、議論の土台になれば幸いです

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著者について

宮田 善孝(みやた よしたか)。 京都大学法学部を卒業後、Booz and company(現PwC Strategy&)、及びAccenture Strategyにて、事業戦略、マーケティング戦略、新規事業立案など幅広い経営コンサルティング業務を経験。DeNA、SmartNewsにてBtoC向けの多種多様なコンテンツビジネスをデータ分析、プロダクトマネージャの両面から従事。その後、freeeにて新規SaaSの立ち上げを行い、執行役員 VPoPを歴任。現在、Zen and Companyを創業し、代表取締役に就任。シードからエンタープライズまでプロダクトに関するアドバイザリーを提供。ALL STAR SAAS FUNDのPM Advisor、およびソニー株式会社でSenior Advisorとして主に新規事業における多種多様なプロダクトをサポート。また、日本CPO協会立ち上げから理事として参画し、その後常務執行理事に就任。米国公認会計士。『ALL for SaaS』(翔泳社)刊行。


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