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SaaSにおけるマルチプロダクト戦略

2023-10-6

宮田 善孝 / Yoshitaka Miyata

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国内でも、Horizontal SaaSについで、Vertical SaaSと徐々にプレイヤーが揃い、PMFを獲得しつつあります。その過程で、いつ、どんなプロダクトを2つ目、3つ目のプロダクトとして展開していくべきか、という議論をよく耳にするようになってきました。

これは、言語や商慣習の障壁が高い国内において、市場が限定的であることから、USを中心としたグローバル・マーケットを対象としたSaaS企業よりもかなり早いタイミングで検討されているからです。特に、Vertical SaaSの場合、業界を限定するため、PMF前の段階から考え始められている印象さえあります。

そこで本記事では、ターゲットとする業界、業種やユーザーのペルソナによって、どのようなマルチプロダクト戦略を取るべきなのかについて、整理を進めていきたいと思います。

マルチプロダクト戦略とは

SaaSにおけるマルチプロダクト戦略は1つのSaaS企業が複数の異なるプロダクトを提供する戦略です。これにより異なるセグメントやユーザー層のニーズに対応し、収益を多角化します。

SaaS企業が1つの主力プロダクトに依存せず、新たな成長ドライバーとして新規プロダクトを展開し、複数のプロダクトの組み合わせによって事業を向上させていくアプローチになります。

類型と具体例

では、マルチプロダクト戦略にはどのようなタイプがあるのでしょうか。第2、第3のプロダクトと一言に言っても、その狙いや位置付けは様々です。

ここでは、メインプロダクトと第2、第3のプロダクトの関係性(周辺なのか、全く別プロダクトなのか)と、それぞれのプロダクトのバイヤーの関係(同じバイヤーなのか、異なるバイヤーなのか)の2軸で整理し、4つのマルチプロダクト戦略に分類します。

具体的には、下記図にあるように、アドオン型、スイート型、ターゲット型、カテゴリー型という4つの戦略を導出し、それぞれ具体的に確認していこうと思います。

アドオン型マルチプロダクト

この類型ではコアプロダクトに対して、追加のモジュールや機能を提供することでユーザーのニーズに合わせたカスタマイズを実現するモデルです。顧客は必要な機能を選択して導入することができます。

SaaS企業はコアプロダクトがスコープとする業務の周辺領域の課題を解消する追加モジュールや機能を企画し、徐々にそのスコープを広げていくことになります。いわゆるAll in One戦略を実現する1つの手段になります。

例えば、Vertical SaaSが受発注領域だけでなく、請求書や決済までアドオンとして補完することや、業務フローの実現だけでなく、意思決定に資するダッシュボード機能の提供などが挙げられます。

この類型は、Vertical SaaSだけでなく、Horizontal SaaSでも利用され、SMB、エンタープライズともに適用されます。カスタマイズ性をアドオンにより実現できるため、どちらかというと、業務への装着性を高く求めれるエンタープライズの方が適正があるといえるでしょう。

例えば、レストラン向けSaaSのToastはPOSなどの機能を主軸に据えつつ、モバイルオーダーやシフト管理、労務管理などのアドオンを展開し、レストランの様々な業務を包括的にサポートしています。

スイート型マルチプロダクト

スイート型マルチプロダクトは、同じ業務領域に関連する複数のプロダクトを1つのスイートとしてまとめて提供する戦略です。たとえば、マーケティングオートメーション、CRM、顧客分析など、顧客関連のプロダクトを1つのスイートで提供することで、一貫性のあるソリューションを提供します。この形式もAll in One戦略の一翼を担います。

この類型は、Horizontal SaaSだけでなく、Vertical SaaSでも利用されますが、個々のプロダクトを個別に展開するだけのTAMの大きさが必要になるため、Horizontal SaaS向けの戦略といえるでしょう。

また、SMBにもエンタープライズ向けにも取りうる戦略ですが、機能要件が低いSMBの方がこの戦略を早期に選択し、展開していくことになります。

例えば、Gmail、Googleドキュメント、Googleスプレッドシート、Googleカレンダー、Google Meet、Google Driveなど、ビジネスに必要なさまざまなツールを提供するGoogle Workspaceや、Photoshop、Illustrator、InDesign、Premiere Proなど、クリエイティブ制作を様々な角度からサポートするAdobe Creative Cloudなどが挙げられます。

ターゲット型マルチプロダクト

ターゲット別マルチプロダクトは、その名の通り、異なるユーザーセグメント向けに異なるプロダクトを提供する戦略です。たとえば、SMB向けとエンタープライズ向けに異なる機能を持つプロダクトを提供することで、幅広い市場に対応していきます。

このマルチプロダクト戦略の採用についてはよく議論されます。特にユーザーセグメント別に組織設計した際、検討の頻度や強度が高まります。これは、担当したセグメントにいかに価値提供するかに焦点が当たり、そのセグメントだけのプロダクト展開をすれば、きめ細やかな機能拡充が実現し、ユーザー価値創出に繋がりやすいからです。

ただし、一般的にこの戦略は諸刃の剣で、プロダクトを分けた瞬間から2倍に近い開発リソースが必要になります。またこの意思決定は不可逆的で、一度分けたプロダクトを統合するのはビジネス観点でも開発観点でも非常に強い痛みを伴うことになります。そのため、基本的にはユーザーセグメント別に機能をバンドリングし、プランを分けて提供することで代替することがほとんどです。

また、少しニーズの捉え方を変え、freeeでは主力の会計とは異なる法人登記前のニーズに対して、設立登記などのシーンで活用できるプロダクトを展開しているようなケースもあります。

カテゴリー型マルチプロダクト

カテゴリー別マルチプロダクトは、異なるカテゴリーのプロダクトを提供することを指します。たとえば、プロジェクト管理ツールとカスタマーサポートツールなど、異なる業務領域に特化したプロダクトの提供などです。

この類型の実現はM&Aか、内製で全く別の領域の新規事業を展開していくことになります。前者のM&Aを採用しようとすると、一定の資金的余力が必要になるため、市場が業界によって限定されないHorizontal SaaSの方が親和性が高いでしょう。

SMBかエンタープライズ向けSaaSかで評価すると、より参入障壁が低く、プレイヤーが多いSMBの方がM&Aの機会が多いという意味で、この戦略を採用し易いと言えます。

後者の別領域における新規事業はSaaSの類型やユーザーセグメントに関係ないことが多いです。例えばOCRやAIなどの技術スタックに強みがあり、それらを生かしたプロダクト展開を行うケースやベンチャースピリッツあふれる企業文化のため、新規事業人材を豊富に抱えており、別領域での事業展開が可能となるケースなどが挙げられます。具体的には、HubspotはSalesやMarketingなど別領域にプロダクトを展開しており、この類型の1つと言えるでしょう。

マルチプロダクトの類型とターゲット

ここまでの議論をHorizontal SaaS/Vertical SaaSとエンタープライズ/SMBの2軸でマルチプロダクトの類型をプロットすると、下記のようになります(プライシングによる展開が多いターゲット別マルチプロダクトは割愛しています)。

アドオン型はVertical×エンタープライズ、スイートはHorizontal×SMB、カテゴリー別はHorizontal全般のSMB寄りを中心に採用される傾向にあると言えます。

まとめ

Horizontal SaaSだけでなく、Vertical SaaSもPMFを勝ち取り始め、Growthフェーズに入ってきたプレイヤーが増えてくる中で、マルチプロダクト化は大きなテーマの1つとなりつつあります。今回、Horizontal SaaS/Vertical SaaSとエンタープライズ/SMBにわけて、マルチプロダクトの類型との親和性を確認していきました。 今後SaaSの展開として、マルチプロダクトを検討する場合の一助になれば幸いです。

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著者について

宮田 善孝(みやた よしたか)。 京都大学法学部を卒業後、Booz and company(現PwC Strategy&)、及びAccenture Strategyにて、事業戦略、マーケティング戦略、新規事業立案など幅広い経営コンサルティング業務を経験。DeNA、SmartNewsにてBtoC向けの多種多様なコンテンツビジネスをデータ分析、プロダクトマネージャの両面から従事。その後、freeeにて新規SaaSの立ち上げを行い、執行役員 VPoPを歴任。現在、Zen and Companyを創業し、代表取締役に就任。シードからエンタープライズまでプロダクトに関するアドバイザリーを提供。ALL STAR SAAS FUNDのPM Advisor、およびソニー株式会社でSenior Advisorとして主に新規事業における多種多様なプロダクトをサポート。また、日本CPO協会立ち上げから理事として参画し、その後常務執行理事に就任。米国公認会計士。『ALL for SaaS』(翔泳社)刊行。


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