Product
Product Mindset
2024-1-17
プロダクトを中心に据えた企業にとって、ユーザーニーズを的確に、そして、深く捉え、それに基づいてソリューションを設計し、ユーザー価値を創出する姿勢(プロダクトマインドセット)が事業の土台になっています。しかし、市況感やフェーズの変化によりコストプレッシャーが強くなったり、売上偏重になったりすると、プロダクトマインドセットはつい見落とされがちになってしまいます。
例えば、需要は伸びているものの、株式市場においてSaaSの評価は厳しく、利益や成長を強く求めれるようになってきています。このような市況感だからこそ、改めて見直すべき論点であり、立ち返るべき原点の1つとして本記事でプロダクトマインドセットについてまとめていきます。
プロダクトマインドセットとは
1.プロダクトを通したユーザー価値の創出
売上や利益を起点にするのではなく、ユーザー課題やニーズを的確に捉え、プロダクトを通してユーザー価値を創出することに起点を置きます。
2.目的のデザイン
目的が決まっていて、そこに到達するまでのリソースやスケジュール設計を行い、プランニングを行うプロジェクトマネジメントと、プロダクトマインドセットは真逆の発想になります。ユーザー課題やニーズは常に移り変わるため、どのようなユーザー価値創出を行うべきか、常に考え続ける必要があります。そのため、目的自体を再定義し続け、与えられたリソースや時間の中でいかにゴールに近づけていくかという発想を持つことになるのです。目的自体が可変であることは時として革新的なアイデアを生む環境になることがあります。
例えば、プロジェクトマネジメントでは、雨天が多く、傘を100本作るという目的が決まっていたら、後はどのようなスキルを持った人が何人月ずつ必要か考え、制作していく上でのフローを設計し、実際に作っていくという発想になります。一方、プロダクトマインドセットはそもそも雨天の状況が季節によって変わるのか、どの程度の雨量なのかという現状把握を綿密に行い、実は季節によっては小雨が多く、傘ではなく簡易なレインコートやフードでカバーできれば問題ないことを検証します。このように、そもそもの目的の解像度を上げ、ユーザー価値の方向性を変えてしまうのです。そのため、時としてこのような発想は大きなイノベーションの源泉になりえるのです。
3.中長期目線
短期的にユーザー価値を創出できることは少なく、中長期目線で考えることが重要です。短期的な目線で開発ロードマップを策定したり、優先順位を捉えたりすると、個別対応的な差し込み案件を多く受け入れることになり、本質的なプロダクト開発にリソースを避けない状況に陥ってしまいます。また売上や利益を中心に添え、スピードを重視した開発を進めると、技術負債がたまり、ベロシティに応じた開発ROIが低下していき、身動きが取れない状況になってしまいます。
上記のように、プロダクトマインドセットはプロダクトを通したユーザー価値の創出を土台にし、目的から考え、中長期目線で取り組んでいくことが大きなポイントになります。このマインドセットは、プロダクトマネージャーだけが持つべきものではなく、プロダクト開発に関わる人はもちろん、マーケターやセールスなどビジネスサイドの方も持つべきもので、会社全体で持つべきカルチャーの1つと捉えるべきです。プロダクトの論点はプロダクトサイドだけで完結するものではなく、事業全体の根幹の1つです。ビジネスサイドもプロダクトマインドセットを持つことで、例えばユーザーフィードバック1つ取っても変化があります。
単にユーザーから受けた要望をプロダクトマネージャーに伝えるだけではなく、個々の要望から抽象的なユーザーニーズを考え、プロダクトサイドと連携し、今後の開発ロードマップを策定を意識した議論に繋がっていきます。
プロダクトマインドセットを阻む大きな2つの壁
プロダクトマインドセットを維持し続ける上で、大きく2つの超えるべき壁があります。1つはPMF(Product Market Fit)後のGrowth期に訪れ、もう1つはIPO後のIRを開示し、より数字に対するコミットメントが上がったときに来ます。
1.PMF後
PMFまでは、20人から、多くても50人程度のスタートアップ、もしくは新規事業としてプロダクト運営を行っていることが多いです。この時期、組織の風通しもよく、お互い顔を見て仕事を進めることができ、PMFに集中できる状況です。しかし、PMFを獲得しGrowthフェーズに入ると、今の勝ち筋を突き進み、売上、導入社数ともに上げるべく、グリップを握り直す機会が訪れます。同時に、B2Cだと大型のCM案件やWeb広告も予算の桁が変わり、コミットしていく中で、いつの間にかユーザではなく、数字に焦点が集まり始めます。B2BでもセールスやCSM(Customer Success Management)などビジネスサイドのリソースが拡張され、売ること、導入し切ることに焦点が集まります。そして、ユーザが増えるに連れて、組織を大きくしていくために、各ファンクションの専門化が進み、サイロ化していきます。そのため、調整コストが上がり、業務のプロジェクト化が進み、プロダクトマインドセットが薄れていくのです。
2.IPO後
IPOを行うと、IRにより外部に目標を公開し、セグメント別のPLを発信することになります。もちろん、社内目標は公開している目標よりもアグレッシブな設定にし、バッファを持つことが一般的ですが、IPOを契機に、目標に対するコミットメントが上がることになります。その外圧の中で、Growth期に見た状況がより色濃く出てきます。というのも、Growth期からさらにScale期を経てIPOを行うわけで、その過程でより組織は大きくなり、サイロ化し、プロダクトマインドセットは減退していきます。組織が大きくなると、調整してやり切ることだけでも大きな仕事になり、達成感が出てしまいます。しかし、調整した事自体に成果が紐づくことはなく、その後、ユーザーに届いてこその成果です。
プロダクトマインドセットを維持する打ち手
大きく対応策は3つあります。
1.カルチャー化
まず、「プロダクトマインドセットとは」の最後にも記載したのですが、ユーザーを中心に添えたアプローチをカルチャーに入れ込んで行くことが、1つ目のアプローチになります。むしろ、このアプローチこそが主軸であり、真っ先に検討すべきものです。カルチャー化していく上で、まず取り掛かるべきものは言語化です。どのような価値観を大事にしたいのかを言語化し、一言一句こだわり、組織に浸透しやすい形にしていきます。形になったら、組織への伝え方を検討します。会社のコアバリューに追加したりし、定期的な研修等に組み込んで行ったりすることが考えられます。
ただ伝えるだけではなく、フィードバックの仕組みを入れるべく、行動規範として人事評価の基準にも組み込まれるケースもあります。非常に強制力が強いアプローチになりますので、まずは評価という形ではなく、業務を進める上でのフィードバックに組み込んで行くことから進めていくとよいかもしれません。
2.リーダーシップによるサポート
人はKPIに大きく思考や行動が制限されます。目線を上げて下さいと頼むだけでは、何も変わりません。そのため、ビジョンに立ち返り、その制約を超え、なんのためにやっているのか、再度検討する機会が必要になるのです。個人の意識で制約を超えることは難しく、リーダーシップがビジョンをしっかり伝え続け、現場が解釈し、プロダクトに反映していく、このプロセスの確立が重要です。
3.チーム間のコラボレーション
プロダクト開発の現場において、チーム間のコラボレーションは不可欠です。異なるファンクションのメンバーや、他のプロダクトを担当しているチームなどと連携することで、お互い支え合う事ができますし、時としてピアプレッシャーとして機能することもあります。何もしないと、組織がサイロ化し、連携がなくなっていくので、意味ある連携の設計が肝になります。例えば、ミッション、ビジョンの読み込みなど、チーム横断で行っていることを一同に集めて実施したり、ロードマップの共有会など、起点となる情報の共有、さらに、ワークショップやトレーニング、海外のカンファレンスなどの参加などを何か共通のテーマを取り上げ、お互いの視点で感じたことを共有し合うことが挙げられます。
まとめ
悪い燃料でも車は走るように、プロダクトマインドセットが整備されていなくても、プロダクトは運営できます。しかし、近い将来、事故が起きてしまいます。プロダクトマインドセットを持ち続け、ユーザー価値に焦点を当て続けられるかが、プロダクトの進化の土台になります。その上で、PMFとIPOの後は特に維持するのが難しい時期になるので、その前までにカルチャー化を中心にプロダクトマインドセットの蓄積をしていくことをおすすめします。
著者について
宮田 善孝(みやた よしたか)。 京都大学法学部を卒業後、Booz and company(現PwC Strategy&)、及びAccenture Strategyにて、事業戦略、マーケティング戦略、新規事業立案など幅広い経営コンサルティング業務を経験。DeNA、SmartNewsにてBtoC向けの多種多様なコンテンツビジネスをデータ分析、プロダクトマネージャの両面から従事。その後、freeeにて新規SaaSの立ち上げを行い、執行役員 VPoPを歴任。現在、Zen and Companyを創業し、代表取締役に就任。シードからエンタープライズまでプロダクトに関するアドバイザリーを提供。ALL STAR SAAS FUNDのPM Advisor、およびソニー株式会社でSenior Advisorとして主に新規事業における多種多様なプロダクトをサポート。また、日本CPO協会立ち上げから理事として参画し、その後常務執行理事に就任。米国公認会計士。『ALL for SaaS』(翔泳社)刊行。