Transformation
DXの成否を占う、組織のOS
2023-4-19
“OS”こそ全て
かつて隆盛を極めた⽇本のAV機器産業、モバイルインターネット産業は、2007年のiOSとAndroidの登場によって、ゲームの盤⾯そのものを覆されました。
携帯キャリアが指定したスペックに合わせて端末が開発され、その上に専⽤のサービスが載るという産業構造で⻑く恩恵を受けてきた各メーカーは、指定の要件を所与の前提としてその要件の下で最も良く機能するハードやソフトを作ることに専念していました。
象徴的な対照として描かれるのがApple vs. 日系電⼦機器メーカーの構図で、⼀部にはAppleの勝利を直感的な操作性に帰結させる向きもありますが、勝敗の要因として決定的だったのはむしろ⽇本勢がスマートフォン時代の”OS”を創ることにアンテナを張る意識が低かったことの⽅が⼤きいように思います。
ハードの性能やソフトの創造性ではむしろ上を⾏っていると整理することもできましたが、当時、日本の「次なる基幹産業」はOSで負け、その後今⽇まで続く「デジタルプラットフォーマー時代」に新たな盤⾯の上で苦戦しています。
デジタルトランスフォーメーションのOS
翻って、⼀時のバズワード期を経て冷静に成果を分析する段階に⼊った今⽇のDXを巡る状況にも、このOSのアナロジーが当てはまるのではと思います。
ソフトとしての優れたアイディアも、ハードとしての優秀な⼈材も、必要⼗分に揃っている⼤⼿企業は多く存在しますが、果たしてそれらのハードやソフトを継続的に⽣み出すための持続可能なOSにアンテナを張ることができているでしょうか。ここでいうOSとは、組織の意思決定機構を指します。優れたOSがなければ、ソフトウェアはハードウェアごとの規格差や性能差に影響されますし、ハードウェアにとってもその性能を遺憾なく発揮できるソフトウェアが限定されてしまいます。
仮に優れたOSのない状態で成果を上げる”DX”事例が⼀つ出てきたとしても、あくまで偶発的かつ⼀時的な産物であり、⼆つ⽬三つ⽬が続かないことも想像されます(多くの場合、偶然の⼀つ⽬さえ出てこないでしょう)。
DXフレンドリーな組織におけるOSの型
シード期のDXスタートアップに投資を⾏うベンチャーキャピタルとして、またスタートアップと⼤⼿企業を有機的に繋ぐプラットフォームである『STORIUM』を運営する⽴場として、数多くの⼤⼿企業と会話を重ねてきた筆者の視点では、DX(に限らないイノベーション活動)を持続的に、息を吸うように⾏っている⼤⼿企業には唯⼀にして最⼤の共通点があるように思います。
それは「経営陣がリスクのオーナーシップを取る」という単純明快な構えです。似て⾮なるものに、「経営陣がリスク”ヘッジ”のオーナーシップを取る」という構えがありますが、これこそ多くの企業の変革を妨げる真の原因ではないでしょうか。
「経営」と「現場」の間に溝を作り、現場メンバーが練りに練って考案したビジネスプランを経営サイドが⼤所⾼所から「審査」して否決可決の命を下す。さらに根深いことには、審査する経営陣がソフトウェアビジネスの勘所を持たず、当該ビジネスプランのユーザーペルソナではないという場合も多く見受けられます。イノベーションを育てるはずの仕組みが、その種を摘む仕組みになってしまっているのです。
「あした会議」という先例
今や国内最⼤級のインターネット・コングロマリットと化したサイバーエージェントのユニークな社内制度の⼀つに、「あした会議」と呼ばれる事業創造/改善機構があります。仕組みの詳細は以下の通りです。
「あした会議」とは、サイバーエージェントの“あした(未来)”に繋がる新規事業や課題解決の⽅法などを提案、決議する会議のこと。年に1〜2度合宿形式で開催し、執⾏役員が事業責任者や専⾨分野に⻑けた⼈材を選抜し、チームを組成。代表の藤⽥が審査をしてその得点を競います。
チームが組まれてからの約1ヶ⽉間、どのチームも市場の流れや強化分野を定め、現場から事業アイデアや課題を吸い上げてたうえで熟考を重ねるため、選りすぐりのアイデアが集約。30程度の提案のうち15案から20案程度が決議され、新規事業の創出、経営課題の解決の場として機能しています。
その中から、ゲーム事業など現在のサイバーエージェントの事業柱となるビジネスや、社員のコンディション把握、適材適所を実現する専⾨部署の新設。多様な働き⽅でも適正な評価ができるマネジメントシステム等々。中⻑期の様々なリスクを回避し成長し続けるための、いわば攻めと守りどちらにも対応しうる仕組みが、数多く⽣まれました。
その結果、新規事業から累計売上約3,259億円、営業利益約455億円※を創出し、事業拡⼤に寄与しています。※2021年9⽉末時点
出所:サイバーエージェントの持続的成⻑を⽀える「あした会議」
要点は、役員が⾃ら提案チームの⻑を務め、事業⽴案や可決後の戦略実⾏、成⻑から撤退に⾄るまで全てに責任を持つというルールにあります。
社⻑がその場で決を採って即座に事業化が成される潔さも特筆すべきです。旧来産業の中からもこうしたIT先進企業の仕組みから良いところを盗み果敢に実⾏に移す⼤⼿企業が出てきているのを筆者は⽬にしており、産業や企業規模に関わらず「経営陣がリスクのオーナーシップを取る」ことは実現できるはずです。
DXは待ったなし、背に腹は変えられない状況です。かつて、Androidを買収してモバイル通信のゲームの盤⾯そのものを変えに⾏く機会は誰にでも開かれていたし、クアルコムと提携して半導体産業の構造改⾰を推し進めることは、少なくとも⻘写真としては誰にでも描けたはずだと思います。
既存の環境を無条件に是とするのではなく、所与を疑い、社内外の”OS”を主体的に創造する迫⼒に満ちた⼤⼿企業が2020年代の⽇本から多く⽣まれることを強く願っています。
参考文献
著者について
相良 俊輔(さがら しゅんすけ)。大学在学中より、データの収集、分析、活用のための基盤システムをクラウドで提供する米Treasure Dataの日本法人に参画。インサイドセールス部門の立ち上げ・運営を経て、製造、流通、メディアなどエンタープライズ向けの直販営業及び既存顧客へのアップセル業務に従事。2019年2月、株式会社ジェネシア・ベンチャーズに参画。慶應義塾大学 商学部卒。