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短期的な売上よりも大切なのは「どれくらいの生涯価値を提供できるか」。大手企業に変革をもたらすSaaSの在り方 | ALL STAR SAAS FUND 前田ヒロ氏

2023-3-20

ROUTE06 Research Team

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デジタル・トランスフォーメーション(DX)をはじめとした大手企業の変革に必要なことは何か──そのポイントをベンチャーキャピタル(VC)のパートナーの視点から語っていただく連載「VCから見た、大手企業の変革論」。第3回はALL STAR SAAS FUNDマネージングパートナーの前田ヒロさんに話を伺いました。 SaaS特化のベンチャーキャピタルを運営している前田さんは「SaaSは変革のきっかけを提供する存在」と言います。大手企業の変革においてSaaSが果たす役割、そしてスタートアップとの連携で意識すべきことは。前田さんの大手企業変革論に迫っていきます。

大手企業のDXを進めていくためのSaaSの役割

──日本の大手企業のDXの現状をどう捉えていますか。

まず前提として、DXには大きく3つのフェーズがあると思っています。

「フェーズ1」は製品・サービスをデジタル上で購入できるようにすること、いわゆるオンライン化です。「フェーズ2」は社内のワークフローから紙をなくし、可能な限りの業務をデジタル化すること、そして「フェーズ3」が社内に蓄積されたデータを利活用したり、そのデータをもとに意思決定をしたりすることです。

コロナ禍がきっかけにもなり、ほとんどの企業はフェーズ1の製品・サービスのオンライン化はできており、ここ数年で一気に普及が進んだと思います。いまでは、多くの製品・サービスのオンライン購入や、予約が可能になりました。

インターネットを軸とした事業を展開している企業はフェーズ2に入っているケースも多いと思います。でも、医療や製造業など“リアルな場”で事業を展開している企業は、今も紙を使った業務が中心となっていて、少しずつワークフローをデジタルに移行しているところだと思います。

フェーズ3に関しては、デジタルファースト、クラウドネイティブで立ち上がった会社はすでに実現できていると思いますが、リアルな場を起点に事業を展開している企業のほとんどは、これからフェーズ3に向かうことを考えはじめているという場合が多いのではないかと感じています。

──まだ、デジタライゼーションが始まっただけ、ということですね。その点を踏まえると、まだまだ課題も多いということでしょうか。

課題も多くあると思います。大手企業のDXを支援するサービスベンダーやSaaSスタートアップが、きちんと大手企業のニーズを理解した上で、適切なサポートやカスタマーサクセス、サービス設計を考えていくべきだと思いますし、ここはまだ成長の余地が十分にある領域です。

現在のSaaSは中小企業向けのものが多く、エンタープライズ向けと言っても膨大な業務の中の限られた部分をSaaS化させているという状況です。つまり、大手企業のワークフロー全体のデジタル化ニーズを満遍なく満たしているサービスベンダーやSaaSスタートアップは、まだ存在していないと言っても良いでしょう。

今後、大手企業のDXを進めていくにあたっては、より広い範囲で大企業のデジタルニーズを満たせる存在がより重要になっていくと思います。

──ここ数年で、SaaSスタートアップが数多く立ち上がってきました。SaaSスタートアップが大手企業のDX化において果たす役割、可能性をどう見ていますか。

スタートアップの存在によって、「会社の業務の現状がどうなっていて、今後どこを改善していけばいいのか」という点を考え直すきっかけになっていると思います。また、SaaSスタートアップはたくさんのお客さまと会話をしながらプロダクトの設計や開発をしていることもあり、どんどん成功事例が蓄積されていきます。例えば、建設業界に特化しているプロダクトを提供していると、その業界ならではのワークフローがどうなっていて、多くの企業がどこに課題を持っており、それをどう解決していけばいいかが分かる。

そうしたノウハウが蓄積されていき、プロダクトにどんどん反映されていくので、お客さまにとっては最先端の成功事例が知れますし、良い部分は真似することもできる。そういう意味では、SaaSスタートアップは進化の機会を与えてくれる存在だと思います。

もしサービスの導入が上手くいけば、業務の効率化を図ることが可能です。例えば、私たちの支援先の会社でも、彼らが提供しているサービスを導入したことで作業工数が10%下がったり、利益率を2〜3%高めることができたりといった事例が実際にあります。そうすることで、社内のコミュニケーション設計に時間を割いたり、クリエイティブな仕事に労力をかけるきっかけを作ることもできますよね。SaaSスタートアップは、より良いサービスをつくるためのパートナーのような存在になれると思っています。

日本とアメリカの違い。IT人材こそ非IT領域に行くべき

──ALL STAR SAAS FUNDは、2019年6月に立ち上がっています。当時、SaaS特化のファンドはなかったと思いますが、前田さんはSaaSのどこに可能性を感じたのでしょうか。

SaaS特化のファンドを立ち上げた一番のきっかけは、SaaSが普及していく必然性を感じたからです。現在、SaaSの普及率は10〜20%ほどと言われていますが、ここ数年での勢いや市場のニーズを踏まえると、この数字が50〜70%になる可能性があると思っています。

そして、SaaSはB2Bのソフトウェアを購入する際の理想的なモデルだと強く信じているというのも大きなポイントですね。オンプレミスやパッケージソフトなど、B2Bのソフトウェアを購入する方法は様々ありますが、SaaSに代表されるサブスクリプションや従量課金をベースにした料金体系が一番矛盾がない。サービスベンダーにとっても、お客さまにとっても、SaaSのモデルが最も美しいと感じられる。僕は、このモデルが今後100年、200年存在し続けるものだと思っています。だからこそ、「この領域に100年かけてもいい」と思い、ファンドを立ち上げたんです。

──SaaSの普及率を高めるために何が必要だと思いますか。

サービスを提供するSaaS企業側もお客さまのニーズに合わせて進化していかなければならないし、お客さま側もSaaSを使いこなせるようにならなければいけない。どちらかの課題ということではなく、両者が一緒に課題を解決していく形になってこそ、SaaSの普及率が100%に近づくのだと思います。

SaaSが会社の利益に与えるインパクトは大きいです。サービスを導入するだけで、営業利益率が数%上がる事例をこれまでも見てきました。業務効率化や売上アップにつながるサービスを導入すれば、利益率をもっと上げていくことができるでしょう。それによって新たな事業を生み出す機会も創出していけるのではないでしょうか。

──海外と比較した際、何か違いなどはあるのでしょうか。

国によって違いはあります。アメリカにフォーカスしてお話しすると、日本との違いに「IT人材の就職先」が挙げられるでしょう。アメリカでは、多くのIT人材が飲食、製造、医療などの非IT領域に就職しているのですが、日本の場合、IT人材の多くは、IT企業に就職しています。

その結果、非IT領域におけるITリテラシーやITに関するスキルに偏りが生じ、SaaSの普及率、ソフトウェアの普及率に大きな影響を与えていると思います。そういう意味では、日本もIT人材が非IT領域にもっと入ってきていただけるようになることは重要ですね。

大手企業の変革に必要なのは「アンラーニング」

──大手企業はSaaSを導入するだけでなく、自社でSaaSのような事業を生み出す方法も考えられます。その場合、どのようなことを考えるべきですか。

SaaSの最も重要なポイントは、1度つくって終わりではなく、プロダクト・サービス自体がお客さまと共に進化していくことです。1度プロダクトをつくって終わりというだけでは、時代の流れに追いつけず取り残されてしまったり、お客さまのニーズに合わなくなったりしていく。「SaaSは進化を続けていく、磨かれていく」という大前提のもと設計しなくてはいけません。

もうひとつは、「短期でどれだけ売上を生み出せたかどうか」ではなく、「お客さまに対してどれくらいの生涯価値を提供できるか」という視点で物事を考えるべきです。1年で1000万円の売上をあげるよりも、10年、20年かけてより大きな価値を提供できるか、社会に大きなインパクトを与えることができるかどうか。そういった考え方をもとに、サービス設計をして、料金体系も考えていくべきだと思います。

このような点を総合的に考えて、SaaSを導入するのか、または自社で生み出すのかを決定するということになるのかなと思います。長い歴史と数多くの成功体験を積み重ねてきた企業は、ときにイノベーションが生まれにくくなってしまうこともあるでしょう。そんな時、自社で新しいSaaS事業を生み出すためには、今までの成功体験を捨てて、新しいものを取り入れていく、いわゆる「アンラーニングをすること」は大事なポイントになると思います。

──大手企業とスタートアップが連携する際に意識すべきポイントは何でしょうか。

個人的な見立てを話すと、お互いがどのようなミッションで動いているのかを理解することが重要だと思います。

スタートアップは、事業を拡大し世の中に良いインパクトを与えることに加えて、自分たちの基盤を強くしていくというミッションがあります。これらのミッションをもとに立てた戦略から外れた行動は極力したくないと考えるわけです。ですから、お客さまである大手企業との関係や協力体制の強さなどは重要になってきますよね。

上手な連携を実現するためには、何よりお互いの整合性が大事。スタートアップと大手企業の目指す方向性が矛盾なく一致していて、Win-Winの関係性をつくれていることがとても重要だと思います。どちらかが欠けていたら、基本的には上手くいきません。お互いが何を目指していて、柔軟性やコミット力などの前提条件への理解があった方が連携はスムーズに進んでいくと思います。

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著者について

ROUTE06では大手企業のデジタル・トランスフォーメーション及びデジタル新規事業の立ち上げを支援するためのエンタープライズ向けソフトウェアサービス及びプロフェッショナルサービスを提供しています。社内外の専門家及びリサーチャーを中心とした調査チームを組成し、デジタル関連技術や最新サービスのトレンド分析、組織変革や制度に関する論考、有識者へのインタビュー等を通して得られた知見をもとに、情報発信を行なっております。


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