ROUTE06

Marketing

HubSpot:インバウンドマーケティングとCRMプラットフォームが描く未来

2024-8-30

ROUTE06 Research Team

シェア

企業向けの顧客関係管理(CRM)やマーケティングオートメーション(MA)の領域で確固たる地位を築いているのが米国のHubSpot, Inc.(以下、HubSpot)です。 HubSpotはマーケティング、営業、カスタマーサービスなどの事業活動を管理するソフトウェア・プラットフォームを提供しており、時価総額は約3.9兆円(1ドル150円で換算)にも上る大手B2B SaaS企業です。 本記事では、HubSpotの成長を実現したインバウンドマーケティングやCRMを中心としたマルチプロダクト戦略によるGo-to-Market(GTM)戦略を紹介します。

HubSpotの歩み

HubSpotは企業のマーケティング、営業、カスタマーサービスなどの活動やコンテンツを管理するソフトウェアを提供しており、同社が提供するCRM、MA、SFAなどのプロダクトは、特にSMB企業を中心として高い人気を誇ります。

HubSpotは2006年、MITの同窓生であるBrian Halligan氏とDharmesh Shah氏によって米国ボストンで創業されました。2人は消費者自身が主導権を持って情報を探すという当時の新しい購買行動に着目し、マーケティング担当者にだけ焦点を当てマーケティングを受け取る側を無視した旧来のアウトバウンドマーケティング(例:大量のメール、コールドコール、広告)ではないインバウンドマーケティングという新しいマーケティングカテゴリーをつくり、これを支援するためのソフトウェアを開発しました。

後段で詳述するようにHubSpotの製品群は、CRMやMAを中心に、営業支援(SFA)、カスタマーサポート支援、オペレーション、B2Bコマースなど多岐にわたり、企業の成長を支援する様々なソリューションを提供しています。創業後はMAなどのマーケティングソフトウェアで成長を果たし、2014年にニューヨーク証券取引所への上場を果たしました。上場前後でCRMやSFA等のプロダクトリリースによるプラットフォーム化と海外展開によって成長を加速し、現在では全世界で約228,000社の顧客に利用されるまでの規模に成長を遂げました。

GTMを実現した4つのピース

  1. SMBフォーカス

HubSpotの特徴がSMB事業者にフォーカスしたプロダクトやGTM戦略です。創業当初から、HubSpotはリソースの限られた中小企業がマーケティングと営業活動を効率化するためのツールを提供してきました。特に後述するインバウンドマーケティングは、広告費や人材の限られた中小企業にとって魅力的な選択肢となり、顧客の自発的な購買行動を促すための強力な手段として機能しました。

HubSpotは、マーケティングオートメーションやCRMツールなど、必要な機能を一つのプラットフォームに集約し、使いやすいインターフェースを提供することで、特に中堅・中小企業が自社のリソースを最大限に活用できるようサポートしています。また、無料ツールやフリーミアムモデルの提供を通じて、企業がリスクを抑えつつ製品を試用し、その価値を理解する機会を提供しました。これにより、HubSpotはSMB市場での信頼とブランドロイヤリティを築くことができました。

さらに、HubSpotはSMB向けに特化した販売チームとサポート体制を整え、中堅中小企業が直面する特有の課題に対応しています。このような包括的なアプローチにより、HubSpotはSMB市場での存在感を高め、持続的な成長を実現しています。

  1. インバウンドマーケティング

HubSpotが世界的に注目を集めるきっかけとなったのが、先に述べたインバウンドマーケティングという新しいマーケティング概念/手法の提唱です。 従来のマーケティングが広告や電話営業など企業からの一方的なメッセージ配信に依存していたのに対し、インバウンドマーケティングは、消費者自身が能動的に情報を探し出し、興味を持つことで購買に繋がるという考え方に基づいています。

インバウンドマーケティングのプロセスは、「Attract(惹き付ける)」「Engage(関係を築く)」「Delight(満足させる)」の3つのフェーズに分かれます。最初の「Attract」フェーズでは、ブログやSNS、SEO対策を通じて、見込み顧客を自社サイトに誘導します。ここで重要なのは、見込み顧客にとって価値のあるコンテンツを提供し、自発的に訪問してもらうことです。この段階での成功は、後のフェーズにおけるエンゲージメントやリテンションに大きな影響を与えます。

次に「Engage」フェーズでは、Eメールマーケティングやチャットボット、CRMツールを活用し、見込み顧客との関係を築いていきます。HubSpotのCRM機能は、顧客の行動データを蓄積・分析し、個別にパーソナライズされたアプローチを可能にします。これにより、顧客は企業との対話に対する価値を感じ、ブランドロイヤリティを高めることができます。

最後に「Delight」フェーズでは、顧客が製品やサービスに満足し、さらにはファンとなるようにすることが目指されます。このフェーズでの成功は、リピーターの獲得やポジティブな口コミによる新規顧客の獲得につながります。HubSpotのマーケティングオートメーションツールは、このフェーズでの顧客体験を最適化するために、適切なタイミングで適切なコンテンツを提供し、顧客の満足度を高めることに貢献します。

このように、インバウンドマーケティングは、消費者が情報を主体的に探し出し、価値を感じることで購買行動に繋がる現代の消費行動により則したアプローチと言えるでしょう。HubSpotは、当時は一般的でなかった本手法を理論化すると共に、これを実践するためのソフトウェアを提供することで、特にマーケティングに関する十分な人材やノウハウを持たないSMB企業が効果的かつ効率的にマーケティング活動を行うことを支援しました。

もちろんインバウンドマーケティングの力をHubSpot自身も実践しており、同社の集客、リード、受注という一連のファネル上でも豊富なブログ記事や事例紹介をはじめとするコンテンツやデジタルマーケティングが大きく貢献しています。実際、HubSpotの基本プラン(Starter Plan)のうち約85%は、人による営業経由ではなくオンライン経由(セルフサーブ)で受注に至っており、効率的な顧客獲得を実現していることが伺えます。

  1. CRMプラットフォームとマルチプロダクト

HubSpotの成長を支える重要な柱がマルチプロダクト戦略です。 創業後しばらくはマーケティングを支援するシングルプロダクト企業でしたが、顧客のニーズに応えるため、着実に製品ラインを拡充してきました。これによって、HubSpotのプロダクトはマーケティングツールを提供するベンダーから、営業やカスタマーサクセスをはじめとする企業のビジネス活動をCRM上で一元管理するビジネスプラットフォームへと進化を遂げました。 HubSpotのプロダクトポートフォリオは、以下のように多岐にわたります。

  • Marketing Hub:マーケティング活動を支援するためのツール。SEO、ブログ、ソーシャルメディア管理、メールマーケティング等の一元管理や自動化とアナリティクスを可能にし、顧客の集客からコンバージョンまでを支援
  • Sales Hub:営業支援ツール。CRMを中心に、営業チームの生産性向上を目指した機能が多数搭載されており、リードの追跡やパイプライン管理が可能
  • Service Hub:カスタマーサービスの効率化を図るツール。顧客サポートチケットの管理、ナレッジベースの構築、カスタマーフィードバックの収集など、顧客満足度を高めるための機能が充実
  • CMS Hub:コンテンツマーケティングの作成や管理を支援するツール。直感的なインターフェースによってノーコードでのウェブサイト構築を実現。SEO対策も簡単に行えるため、マーケティングと連携したサイト運営が可能
  • Operations Hub:データ同期や自動化をサポートするツール。異なるシステム間のデータを統合し、業務プロセスを効率化
  • Commerce Hub:B2B取引の支援ツール。決済リンク、請求書、見積り、サブスクリプション管理、自動化、収益レポートなどの充実したコマース機能を搭載

各プロダクトはそれぞれ独立した機能を持ちながらも、HubSpotのエコシステム内でシームレスに連携するよう設計されています。これにより、企業は単一のプラットフォーム上で幅広い業務を管理できるため、業務効率が向上し、データの整合性を保つことできます。

CRMを中心としたマルチプロダクト戦略と実行により、HubSpotはより広範な企業や部署のニーズに応えられるようになり、企業の成長ステージや業界を問わず柔軟に対応できるようになりました。小規模なスタートアップからエンタープライズまで、異なる規模の企業がそれぞれのニーズに応じて製品を選択し、組み合わせて利用することができます。HubSpotは顧客のライフサイクル全体にわたって価値を提供できることで、新規顧客の獲得と既存顧客へのクロスセルを通じた顧客当たりの年間契約額(ACV)の増加やリテンション率の向上など重要な役割を果たしています。

このように、CRMプラットフォームと複数のプロダクト群は、HubSpotがB2B市場でのリーダーシップを維持しつつ、さらなる成長を実現するための鍵となっています。

  1. フリーミアム

HubSpotは価格戦略としてフリーミアムプランを採用しています。フリーミアムを採用することで、ユーザーは無料で基本的な機能を試すことができるため、顧客層を広げ、顧客獲得のハードルを下げる効果があります。特にSMB市場においては、限られたリソースでマーケティングや営業活動を行う企業が多いため、基本的な機能を使うことができるHubSpotの製品は大きな魅力となっています。

HubSpotはフリーミアムモデルを通じて、幅広い企業に自社製品の価値を直接体験してもらうことができ、顧客の製品への信頼感やスティッキネスを高めることが可能です。無料で基本的な機能を提供しながら、顧客のビジネスの成長に伴って必要となる高度な機能や追加のサポートが必要になると、自然と有料プランへのアップグレードが促されます。このようなアップセルの仕組みにより、HubSpotは顧客の成長ステージ全体を通じて収益を最大化することができるのです。

また、フリーミアムは顧客獲得コスト(CAC)の抑制にも寄与しています。無料版から有料版への移行によって、HubSpotはマーケティングや営業にかかる費用を最適化し、効率的な成長を実現していますす。この戦略により、HubSpotは広範な顧客基盤を築くことに成功しました。

まとめと今後の展望

HubSpotのGTM戦略は、同社の財務指標にも顕著に表れています。

HubSpotの直近12ヶ月売上高は24億ドルに達し、YoY+23%というこの規模でも高い成長率を維持しており、市場におけるリーダーシップをさらに強固なものにしています。顧客数は順調に成長しており顧客の離脱も少なく、Gross Revenue Retention(GRR)は安定傾向にあります。一方で売上高は顧客数の増加率(YoY+23%)と近い水準にあり、Net Revenue Retention(NRR)は100%を少し超える水準にあるため、不透明なマクロ環境によってSMB企業中心の顧客が追加のソフトウェア投資に慎重な姿勢を見せていることを示唆しています。ACVや顧客当たり平均サブスクリプション売上(Average Subscription Revenue per Customer)は、顧客がより上位のプランや追加プロダクトを購入することで上昇しますが、これも大きな上昇トレンドは見られていません。

HubSpotのCACは、インバウンドマーケティングやフリーミアムによって低い水準に抑えられているものと推察されます。それでも売上高に占めるS&M費用は約40〜45%と高い水準にあり、どこかのタイミングで低減が必要になるかもしれません。実際にHubSpotはS&M比率を長期的には30〜35%に引き下げていく目標値を示しています。

HubSpotは、NRRやACVを向上させるための戦略を着々と進めています。その1つがエンタープライズ向けの強化です。これまで見てきたように同社はSMB市場を主要な顧客としてきましたが、最近はより規模の大きい企業向けの製品やサービスラインナップを強化しています。また自社での営業だけではなく、パートナー企業と連携したエンタープライズ導入を戦略的に進めており、エンタープライズ向けの機能拡充やクロスセルを促進することで、新たな収益源を獲得する意図がありそうです。

また、HubSpotはAI機能の搭載にも注力しており、AIによるWebサイト作成、コピーライティング、SNS投稿生成などを早速プロダクトに取り入れています。2023年に行われたB2BデータプロバイダーのClearbitの買収は、同社が保有する企業の連絡先やアカウント等の豊富なデータを活用して、HubSpotのAIプラットフォームの強化を目的としたものと報じられています。Clearbitの買収による精度の高いターゲティングやパーソナライゼーションの提供を通じて、HubSpotの利用顧客のマーケティングや営業活動の効果と効率を向上させることが期待されています。

HubSpotは顧客を惹きつけてやまないプロダクトとマーケティングによって力強く成長し、CRMを中心としたB2Bソフトウェアの領域で確固たる地位を築きました。今後のさらなるエンタープライズ展開や進化を続けるAIを通じて、HubSpotはさらなる成長を目指しています。

本記事では、HubSpotの成長エンジンとなったGTM戦略について紹介しました。本記事が皆様の事業の立ち上げやGTMを検討する際の一助となれば幸いです。

参考文献

SaaSGo-To-MarketマーケティングCRMコンテンツマーケティングメールマーケティングマーケティングオートメーションHubSpotスタートアップスケールアップHorizontal SaaSフリーミアムモデル

著者について

ROUTE06では大手企業のデジタル・トランスフォーメーション及びデジタル新規事業の立ち上げを支援するためのエンタープライズ向けソフトウェアサービス及びプロフェッショナルサービスを提供しています。社内外の専門家及びリサーチャーを中心とした調査チームを組成し、デジタル関連技術や最新サービスのトレンド分析、組織変革や制度に関する論考、有識者へのインタビュー等を通して得られた知見をもとに、情報発信を行なっております。


新着記事

Management

CCPAコンプライアンス: 米国でのデータプライバシー戦略と対応

本記事では、企業が遵守すべきCCPAの概要とその影響を解説し、今後の規制強化に向けた対応の重要性を説明します。

詳細