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Research

植物ベースフードの可能性と未来の選択肢

2024-8-16

今村 菜穂子 / Nahoko Imamura

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過去10年間で植物ベースのあらゆる食材が爆発的に増加しています。1980年代に用語として初めて使われた「Plant-based foods(植物ベースフード)」ですが、約10年前までは特に注目されることはありませんでした。しかし、世界中で気候変動や食料確保への危機感、動物愛護の観点、個々人の健康に対する不安、そしてファッションアイコンが発信する新しいライフスタイルの影響など、さまざまな理由から植物ベースの食事への関心が急速に高まっています。

民間調査会社StatistaやBloombergによると、植物ベースフードの世界市場規模は2020年の3億ドルから、2030年には16億ドル規模になると予想されています。実際に、パッケージ製品の中で植物ベースフードを謳っているものの数は2018年から2022年までに302%増加し、その後も益々増えています。植物ベースフードは今や日々の食卓に溶け込み、ライフスタイルの選択肢の一つとなっています。この記事では植物フードの市場と課題、今後の展望について詳述します。

植物ベースフードとは?

植物ベースフードとは、植物から派生したあらゆる食品を指します。主に果物、野菜、穀物、豆類、ナッツ、油、種子、スパイス、植物由来の抽出物などです。近年では、菌類や藻類も注目され、これらを使った様々な食材が開発されています。植物ベースフードの近年のイノベーションの核は、肉や魚などの畜産物、水産物の食感・味の再現性の高さです。植物由来の原材料を使用し、肉・魚・卵・ミルク・バター・チーズなどの代替となる加工食品が作られ、それをまるで本物のように食すことができます。

これにより、今まで「ヴィーガン」「ベジタリアン」「フレキシタリアン」といった個人の信条や宗教的な考えに基づいて食材を選択する人々のみが主な対象であった植物ベースフード市場が、その裾野をより広く、多くの人々へと広げる契機となりました。「より高タンパクで、低カロリー、そしてなにより食感や味が本物と変わらないのであれば、「植物ベースフードを選ぼう」という人たちが増えています。

ドイツでは、16~24歳の7割以上が定期的に植物ベースフードを選択していると回答し、アメリカでは6割の家庭が植物ベースフードを2022年に購入し、そのうち6割がリピート利用をしていると回答。中国でも消費者の1割以上が植物ベースの飲料を毎日摂取しているというデータがあります。日本においても大豆ミートを利用した冷凍食品や、アーモンドパウダーを利用したパスタソースなどが一般のスーパーで気軽に手に取れるようになりました。

市場の課題

しかし、この市場も陰りが無いわけではありません。植物ベースフード市場全体は成長を続けているものの、植物ベースミルクに次ぐ市場規模を持つ植物ベースの代替肉の消費が2021年のインフレの影響で減少に転じました。植物ベースの代替肉はその拡張性の高さから市場を今後牽引するカテゴリーと目されていますが、現状では動物性のものよりも平均67%価格が高く、経済的な不安を抱える個人消費者が進んで取る選択肢とは言えない状況です。

英国で実施された1,000人への聞き取り調査では、植物ベースフードを購入するかの最大の決め手は66%が味、しかし僅差で62%の人がその価格と回答しています。日常生活で取り入れるか否かの決定要素として味と価格が大きな割合を占めるのです。

ビヨンドミート社の事例

植物由来の人工肉を開発・製造する米ビヨンドミート社は、正にこの二つの壁を越えきれずにいる企業の一つと言えます。2022年から経営不振に陥っており、現在株価は2019年7月の最高値更新時から比較すると、なんと3%にまで下落してしまいました。この企業については製造過程において衛生面での問題が指摘されたことなども経営状況に悪影響を及ぼしたとされていますが、2021年から実施した米マクドナルドでの試験販売が、正に味と価格双方のバランスの観点から不採用となったことなどが大きな転換点となったと言われています。

今後の展望と課題

今後の世界的な人口増加、富裕者層の増加、そして地球温暖化の影響により、肥料価格や農業資材費、光熱費等の高騰は避けられない状況であり、動物由来の肉の価格は中長期的に上がっていくことが予想されています。一方で、植物ベース代替肉の価格の低減に向けてはまだまだ改善の余地が多く残されています。

保存状態と保存期間

現在、植物ベース代替肉の63%は冷凍、34%は冷蔵での保存が必要で残りの3%のみが常温保存が可能です。流通コストの低減や廃棄量削減を目指すにあたっては、保存期間をどこまで延長できるかがキーになってきます。パン業界では既に、保存期間延長のために緩衝酢や発酵酸、天然ソルバート源などの活用が進んでいます。このような他業界の先例も参考にして今後も開発が進んでいくことを期待します。

添加物の削減

植物ベース代替肉のパッケージを見ると、多くの添加物が入っていることがわかります。それぞれ味、食感、色を動物性のものに似せるために必要なものです。しかし、添加物が多いほど価格は上がります。例えば、ゲルや乳化剤(メチルセルロースなど)は植物ベースの肉製品に広く使われており、重要な機能を持っていますが、これらは全体のコストの10~15%を占めることがあります。

一部の企業はメチルセルロースの代替品を開発していますが、まだ高価です。現在、酵素ソリューション、トランスグルタミナーゼに基づくものの利用が開始されています。これらは時間と熱を必要としますが、少量の利用でゲルや乳化剤と同様の効果があるため、コスト削減の観点から活用が期待できます。また、既存の成分の機能性をより深く理解することで、植物タンパク質の持つ天然の乳化、発泡、ゲル化特性を活用できるというレポートもあります。できる限り添加物の少ない、天然素材で作られた代替肉の開発は続いています。

肉質感

食品において食感は非常に重要な要素の一つであり、特に何かの代替品としての需要を考慮した場合、食感が似ていないと、それはノックアウトファクターとなります。植物ベースの代替肉においては、押出成形プロセスの研究が多く行われています。植物濃縮物から高品質な代替肉を生産する際に、押出成形プロセスがその食感を左右します。成形プロセスによって、例えばチキン、ビーフ、ラム、またはポークの塊、ストリップ、ピースなど多くの種類の代替肉を生み出すことが可能になります。

次に、植物濃縮物のカット技術の開発が急務です。その焦点はハンバーガーやソーセージと言ったものよりも、ビーガンベーコンなどのスライス品において重要となります。この技術の進歩が、利用すべき食品添加物の量も減少させるため、食感のみならずコスト削減の観点からも重要な技術革新と言えます。

副産物を活用した食品ロスの削減

タンパク質が濃縮されると何かが必ず残ります。これらを活用することが、より安価な肉代替品を作る鍵となるはずです。既に乳製品業界などで広がっているチーズ生産後に大量に廃棄されていたホエイのブラウンチーズへの再加工や、直接食せない動物性脂肪を溶かして食用油脂や石鹸などにするレンダリングなどがその実例です。副産物の活用は、コストを下げ、動物由来の肉と食材として互角に競争するために不可欠です。現在、植物ベースの副産物の利用を増やすためのいくつかのプロジェクトが研究段階にありますが、これらの早急な進捗を期待します。

多様な農作物の活用

最後に、植物ベース代替肉の原料の多様化の必要性について触れます。現在の植物タンパク質は、大豆、エンドウ豆、小麦が中心となっており、収穫地から複雑な供給チェーンを辿って長距離を移動することが多いという現状があります。これでも依然として動物性の肉よりも環境に良いことが多いですが、理想的な状況とは言えません。各地で入手可能な多様な農作物を利用した植物性タンパク質の生産は、原材料の安定確保、コスト低減の観点から大きなメリットがあると言えます。

例えば、英国ではソラマメが重要な作物ですが、ほとんどが輸出されたり、動物飼料として使用されています。これらは大豆や黄色エンドウ豆ほど植物性代替肉に変換しやすくなく、風味の課題があるため敬遠されていましたが、押出成形技術とマスキング技術がこの問題を解決する可能性があります。

おわりに

今回、「植物ベースフードの可能性」と題し、その正体と急速な市場拡大の背景、課題、それを踏まえた業界における技術革新を追ってきました。「すべての人の食料の確保」という地球規模で人類が抱える課題の一つの解としてだけでなく、人生を豊かにする一つの選択肢として、多くの人が既に生活に取り入れていることは既述の通りですが、今後の技術革新により、より多くの人の選択肢となるよう今後の植物ベースフードの可能性に大きな期待を寄せます。

参考文献

新規事業ESGSDGsAgriTech気候変動対策サプライチェーンサステナブル調達

著者について

今村 菜穂子(いまむら なほこ)一橋大学商学部卒業後、McKinsey&Companyにて事業戦略立案、新規事業立案及び実行、業務オペレーション改善など様々な経営コンサルティング業務を経験。丸紅株式会社にて中米・アジア・中東地域における事業投資業務に従事した後、スタートアップにて社長室長、執行役員などを歴任。現在は英国を拠点に各種コンサルティング業務の提供、事業立ち上げ支援等に従事。


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