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Research

DX観点で見るEDIとその未来

2024-4-1

チャン ミンウ / Minwoo Jang

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昨今企業にDX(Digital Transformation)が求められる中、 改めてEDIが注目を集めています。本記事では、EDIの定義や歴史から、国内外のEDI活用を通して、未来にどんなEDIが求められるかについて探求したいと思います。

EDIの過去と現在

EDIはElectronic Data Interchangeの略称で、日本語では電子データ交換と訳されます。これは、企業間で取引に関するデータを電子データでやり取りする仕組みです。今はインターネットとEDIが結びついているかもしれませんが、EDIはコンピューターが登場する前から存在していました。その歴史は冷戦時代まで遡ります。1948年米国陸軍曹長エド・ギルバート氏が西ベルリンに230万トンの物資を配送する計画を立てた際に、貨物情報を管理するためにシステム化したのがEDIの前身1です。1968年、米国で設立されたTransportation Data Coordinating Committee(TDCC)が物流業界におけるEDIの標準規格の開発を開始、1980年代に標準規格「ASC X.12」が米国で制定されました。同時期、日本では流通、銀行や製造業界でEDIの標準化に向けたルールを整備しました。現在使われているEDIは、1990年代以降に開発されたインターネット回線を用いたWeb-EDIであり、これは物流、製造、ヘルスケア、小売などあらゆる業界企業間取引の基盤となりました。

長年の歴史の中で使われてきた技術でもあり、消滅するとも予測されていましたが、EDIは現在でも世界中の企業に使われています。直近ではCOVID-19によりDXへの取り組みが加速されており、中でもサプライチェーンは最も影響を受けた分野です。EDIはeコマース(Electronic Commerce)でも大きな役割を担うほか、ヘルスケアも引き続き重要な業界とされており、2023年の約39億ドル(≒約5,600億円)から2028年には約63億ドル(≒約9,000億円)に成長すると予測2されています。

EDIの種類

EDIは大きく3つに別れ、ダイレクトEDI、VAN(Value-Added Network)、Web-EDIがあります。ダイレクトEDIはポイント・ツー・ポイントEDIとも呼ばれることもあり、2つのパートナーが直接接続します。ダイレクトEDIを利用するには、取引先と同じ通信方法やプロトコルを利用し、インターネットを通して直接接続する必要があり、合意されたプロトコルをすべて利用できるソフトウェアパッケージを購入する必要があります。費用的に負担はありますが、大量の取引先に対して頻繁にデータを交換する場合に効果的であるため、大手企業で多く使われています。

VAN(Value-Added Network)は、インダイレクトEDIとも呼ばれ、ダイレクトEDIの代わりとしてサードパーティのサービスプロバイダーであるVANを利用するEDIです。VANはダイレクトEDIで複数の取引先と直接繋げずにVANサービスプロバイダーに単一の接続することで、複数の取引先とデータを交換することが可能です。VANプロバイダーがメールボックスとなって、メールボックスを特定の取引先と共有するようなイメージです。お互いにメッセージを送受信する際、通知するアラートサービスも提供します。

Web-EDIはインターネット・ブラウザを通してEDI取引を行います。高度なハードウェアやソフトウェアの要件がないため、特に中小企業にとっては費用対効果が高い選択肢です。ユーザーはWebブラウザを使用して、EDIドキュメントを生成、送信及び受信ができます。また、Webブラウザを使用するため、ITやEDIのスキルが限られている取引先との協業にも良い選択肢の一つです。

では、ここからは米国と日本でどのようにEDIを活用しているか、その差は何かについて取り上げていきます。

米国と日本におけるEDIの変化

米国のEDIにおいて、最も注目したいのはiPaaS(Integration Platform as a Service)です。iPaaSとは、2008年にBoomy3が初めて主張した概念であり、クラウドベースの統合プラットフォームです。iPaaSを利用すると、2つ以上のシステム、SaaS、クラウドアプリケーション、データを1つの中央Hubに繋げることが可能です。何故米国では、EDIそのものではなく、iPaaSが注目されているのでしょうか。大きく2つの観点で解説したいと思います。

1つ目は、地域や業界によってEDIの標準規格が異なるためです。一般的に取引先との取引条件としてEDIの利用を要求されることはよくある話です。つまり、企業間の関係性を維持するためには、EDIを利用することがほぼ必須となっています。EDIは地域や業界で異なる標準規格を使用しているため、パートナーや顧客ごとに異なるEDI標準規格を利用する必要があります。iPaaSはクラウドベースの統合プラットフォームとして、API(Application Programming Interface)連携を通して、異なる地域や業界のパートナーとシームレスに接続でき、より業務の簡素化が進められます。

One global manufacturer routinely exchanges about 55 different document types with nearly 2,000 partners.(あるグローバルメーカーは、約2,000のパートナーと約55種類の異なるEDIドキュメントを定期的に交換しています。) 4

2つ目は、業務の統合です。商流EDIを想定してみましょう。商流EDIでは、受発注、出荷・納品、請求・支払の流れを企業間で何度も繰り返しながらデータを交換しますが、同時に物流のデータを交換しながら取引を行います。更に、企業間で取引したデータは社内のERPやeコマース・プラットフォームなど様々なところで利用されます。2023年調査によると米国の1つの組織でSaaSを利用している数が平均180個であるのに対して5 、日本の大手企業で10個以上のSaaSを利用する割合は30%程度に留まっています6。これらの調査結果を見ると、米国でiPaaSの活用することは自然の流れかもしれません。

日本の状況はどうでしょうか。2024年のISDN(ISDネット、デジタルモード)サービス終了に伴い、EDIの運用事業者はシステム変更を行う必要があります。また、2023年10月より適格請求書等保存方式(インボイス制度)の対応に伴い、受発注や請求にかかる電子文書の仕様が国際規格である「Peppol(ペポル)」をベースとした日本におけるデジタルインボイスの標準仕様JP PINTが策定されました7。 これらを背景に、自社基準の業務内容やルールの見直しが必要となり、企業のDXへの取り組みを加速させるきっかけとなりました。

政府は2023年を目途に中小企業の電子受発注システム導入率約5割8を目指していましたが、直近の結果は4割程度であり、受発注のデジタル化が目標通りに進められてない状況です。2018年より中小企業共通EDI標準を公開し、何度もバージョンアップを行なってきましたが、既存の業界標準EDIと業界横断的な標準規格との間の相互運用性を確保する必要があり、まだ課題は存在しています。また、国主導で受発注のデジタル化が進められていますが、現時点では国内に限った話となっているため、将来的には海外企業とのデータ交換を積極的に進めるためにどうするべきなのかも視野に入れる必要があります。

DXとEDIの関係性

日本企業のDXの成功の鍵はEDIにあると言っても過言ではありません。経済産業省のDXの定義を見ると以下のように表現されています。

DXとは、デジタル技術やツールを導入すること自体ではなく、データやデジタル技術を使って、顧客目線で新たな価値を創出していくこと。また、そのためにビジネスモデルや企業文化の変革に取り組むことが重要となる。 9

DXの成功がデータやデジタル技術を使って、新たな価値を創出することだとすれば、EDIを導入することで、DXが成功する可能性は高いと思います。しかし、EDIも約60年の歴史があり、提供しているサービスも様々あります。自社にとってどんなEDIが適しているかや新しい価値を創出するためのEDIとはどんなものかをよく考える必要があります。ここからは未来のEDIにどんな姿が求められるか探究したいと思います。

未来のEDIに求められる姿

未来のEDIに求められる姿はどんな姿でしょうか。重要なキーワードは3つ、拡張性、安全性、可視性です。

1つ目の拡張性は、既に米国のiPaaSの説明でも書いていますが、EDI単体で考えず、EDIから広がる業務まで拡張して考える必要があります。例えば、請求・支払業務をEDIを通して行なったとしてもその後振込や仕訳の必要があり、社内で使っている会計ソフトへの手入力が必要になります。確かにEDIを導入するだけでも十分業務の効率化やコストの削減は実現できますが、半分だけのDXになります。そのため、拡張性の答えのひとつとして、iPaaSがあります。iPaaSはEDIだけに留まらず、データ、アプリケーションなどを統合することで、一画面で業務を行うことが可能となります。

iPaaSの代表的な会社にMulesoftがあります。同社は2006年に設立され、2018年からSalesforce傘下となりました。異なった環境化にある複数システムをAPI連携するクラウド型の統合プラットフォームを提供しており、親会社であるSaleforceをはじめ、SAP、Oracle、NetSuiteなどとのシナジー効果が見込まれます。なお、世界のiPaaS市場規模は年平均35.2%で成長し2028年には434億2000万米ドルに達すると予想されており、今後も拡大が期待されます10

キーワードの2つ目は、安全性です。EDIはそもそも暗号化されたデータを特定のプロトコルや標準規格で交換するため、高い安全性を確保しています。しかし、昨今Web-EDIの利用が拡大しており、特に中小企業の間でもコストのハードルが低く、Webブラウザを介してEDIが使えることが多いですが、逆にハッキングリスクも高まりつつあります。Web-EDIの移行で各社セキュリティ対策のために定期的な脆弱性診断やログの監視などは行なっていますが、特に注意したいのは、従業員に対するセキュリティ教育と取引先のセキュリティ対策の確認です。Web-EDIを提供している企業は、事業を継続的に運営するための努力はしている一方、自社におけるセキュリティポリシーの策定や従業員教育、アクセス権限管理、取引先のセキュリティ対策の確認は形骸化する可能性もあります。将来的にEDIを継続的に使い続けるために、自社の安全性確保は必須です。

3つ目は、可視性です。一般的には、目に見えることや視界を意味しますが、サプライチェーンでの可視性とは、輸送中の様々な商品や製品を追跡することであり、在庫や商品や製品の動きを把握することで、サプライチェーン全体を管理が可能になります。まさにEDIにはサプライチェーンの可視性が必要になります。企業がEDIを利用する理由は企業間データ交換を通して、意思決定を行うためです。意思決定を行うためにはありとあらゆる情報の可視性を高い状態にすることが大切です。可視性を高めるためには、必要な情報を必要なタイミングで、必要な人(担当/役割)に表示することでより効果的な意思決定が行えるようになります。既に多くのダッシュボード及びBIツールは存在しますが、一つのプラットフォームの情報を複数の権限を持つメンバーがそれぞれの権限ごとに情報が閲覧できる状態にするとより可視性の高いEDIになれるのではないかと思います。

まとめ

EDIが1948年物資の配送のために作られた概念から現代においても大きく変わらないのは、意思決定するために相手と情報を安全に交換することです。既に国内外にはEDIに関わる様々なサービスがありますが、どんなサービスが自社及び取引先にとって適切かは、正確なデータを安全に交換できる事とそれらのデータを基に意思決定者が判断しやすい環境を作ることが重要なポイントです。未来のEDIに求められる姿は、セキュリティが担保されている状態で、あらゆるデータを一つのプラットフォームに繋げ、意思決定者に可視性の高い「管制塔」を提供することかもしれません。

脚注

  1. aimtec/ Without EDI, Industry Would Not Be Where It Is Today

  2. Mordor Inelligence / ヘルスケアEDI市場規模と市場規模株式分析 - 成長傾向と成長傾向予測(2024年〜2029年)

  3. Boomy / iPaaS vs ETL : What Do They Offer and How Are They Different?

  4. IBM / What is electronic data interchange (EDI)?

  5. Better Cloud / The 2023 State of SaaSOps Report

  6. Techtouch株式会社 / 【2023年度SaaS活用実態調査、導入増加に伴う「休眠SaaS」の課題とは】

  7. デジタル庁 / JP PINT

  8. 中小企業庁 / 中小企業共通EDI

  9. 経済産業省/デジタルガバナンス・コード 実践の手引き

  10. Mordor Intelligence / Integration Platform-as-a-Serviceの市場規模と株式分析 - 成長傾向と成長傾向予測 (2024~2029年)

デジタルトランスフォーメーション新規事業EDI

著者について

Minwoo Jang(チャン ミンウ)。復旦大学中国語言文学学部を卒業後、株式会社ファミリーマート、株式会社パソナ、株式会社MIXIを経て、株式会社コマースジャパンでEC事業責任者・人事領域の責任者として、取締役に就任。2022年、株式会社ROUTE06入社。HRBP・プロフェッショナルサービス本部の事業企画を担当。


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