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Research

「冷たい」が広げる新物流市場(前編)

2024-4-2

今村 菜穂子 / Nahoko Imamura

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「冷たい」がもたらすメリットとは

クール便という言葉が浸透しているように、日本では常温での配達に加え、冷蔵、あるいは冷凍の状態でモノが届くことは今や当たり前になっています。しかし、世界の状況は異なります。「冷たい状態でモノを運ぶ」ということは大革命であり、巨大市場を開拓するのです。今回は、冷たい状態でモノを運ぶ物流網:コールドチェーンがアフリカでもたらしている新たな市場と、それを可能にしている技術について紹介します。

コールドチェーンの有無はその地域の生活水準、経済性を大きく左右します。コールドチェーンを確立することで得られる主なメリットは4つに大別できます。

1. 食品の品質と安全性の維持
コールドチェーンを確立することで、食品や医薬品などの商品の品質と安全性を確保することができます。適切な温度管理により、食品の腐敗や微生物の繁殖を防ぎ、製品の新鮮さと品質を保つことができます。

2. 食料品の安定供給
コールドチェーンを利用することで、季節や気候の影響を受けにくくなります。これにより、食料品の安定供給が確保され、飢餓や食料不足のリスクが軽減されます。

3. 延長された保存期間
コールドチェーンを使用することで、食品や医薬品などの商品の保存期間を延長することができます。適切な温度と湿度の管理により、商品の劣化や変質を抑制し、在庫のロスを最小限に抑えることができます。

4. グローバルな市場アクセスの拡大
コールドチェーンの確立により、食品や医薬品などの商品がより遠くの地域や国々に輸送されることが可能になります。これにより、農産物や水産物などの新鮮な商品が世界中で市場に供給され、需要に応えることができます。

これらの観点から生活品質や経済的な豊かさに大きな差が生じるのです。特に、水・電気・ガス、インターネット、舗装された道路といったインフラが未だ十分に整っていない地域においては、コールドチェーン確立の難易度は高いと言えます。しかし、これらのインフラが整うことを待っていては当該地域の経済発展に時間が掛かってしまう為、大企業からスタートアップまで、様々な企業が既存のやり方に囚われない方法でコールドチェーン網を築こうとしています。先ずは、アフリカを中心としたこれらの動きをご紹介します。

アフリカの事例

ケニアではVegpro Groupが冷蔵技術を活用して、花や果物、野菜などの生鮮食品を欧州や中東などの国際市場に輸出する道を開拓しました。同社は30年以上に亘ってケニアの地で農業の近代化に貢献し、雇用を生み出してきました。各顧客からの要求に合わせた輸出農産物の生産、収穫、選別、加工、包装そして輸送、これらを一貫して自社で行っています。

Vegpro Groupの貨物輸送子会社であるFreightwings Ltdは、ケニアの国際空港Jomo Kenyatta International Airport敷地内に温度管理が可能な巨大倉庫を構え毎週約550トンもの農産物を欧州や中東各地に輸出しています。欧州や中東の要求基準を満たす、良い状態の農産物を届ける体制を構築することで、安定して外貨を獲得し、ケニア経済に貢献することが出来るようになったのです。同国の1990年の農業水産業事業GDPは77百万米ドル、それが2020年には155百万米ドルと倍増しました。全てがVegpro Groupに拠るものではありませんが、同社がケニア国内にてコールドチェーンを構築し、輸出食品の品質を高め、それを標準化させたことが一次産業の進展に大きく貢献したことは間違いありません。

モロッコやセネガルなどの国々では、冷蔵インフラへの投資により水産業が成長しました。日本もその恩恵にあずかっている国の一つであり、例えば日本に輸入される真タコの2〜3割はモロッコ産です。冷凍技術の導入により、これらの国々は高品質の魚介類を国際市場に輸出することに成功し、2015年に16百万米ドルであった魚介類の輸出額規模は2022年には28百万米ドルに成長しています。 仏ComanavやComaritといった企業がモロッコ国内の市場から水揚げされたばかりの鮮魚を買い付け、国内を冷蔵輸送し、アガディールやカサブランカなどの沿岸都市に建設した加工・冷蔵・冷凍施設にて加工した上で、温度管理が可能な自社の海上輸送船にて欧州各地に移送・販売することで、これらの市場を拡大させています。しかし、モロッコのGDPに占める漁業の割合は1.5%でしかなく、また、このうち53%が依然として缶製品であることから、今後未だ伸びしろがあると考えられます。

2020年に国際協力機構(JICA)より発表されたレポートによると、冷蔵・冷凍保存設備へのアクセスは一部企業に限られており、コールドチェーンの欠如により現在でも40%が流通過程において廃棄されていると言います。鮮魚需要の高い欧州・中東各国、そして米国東部へのアクセスの良さという地の利を活かし、コールドチェーンの更なる拡大による市場拡大が期待されます。

その他にもウガンダ、タンザニア、ルワンダなどの国々では、冷蔵技術の導入により乳製品セクターが成長しました。Heifer InternationalがリードするEast Africa Dairy Developmentプロジェクトは、冷蔵施設と冷蔵輸送システムを導入して、地域の乳製品産業の成長を支援しています。これらの国々では小規模酪農家が多く、個々の農家で大規模な冷却施設や品質管理施設などを保有することは困難でした。しかし、個々の農家から生乳を集め、品質チェック、滅菌・冷却処理をワンストップで行い、更に納品先に温度管理が可能な車両で輸送する。これらを実現することで安定した生乳の品質と量を確保し、彼らが集団として主要な乳製品会社への価格交渉力を持つことを実現させました。

また、都市部における冷蔵倉庫施設の設立は、食品小売業や流通業の成長を促進しました。たとえば、ナイジェリアではColdHubsなどの企業が、同国内において太陽光発電冷蔵ユニットを展開し、小規模な農家が生鮮食品を効率的に保存・販売できるようにしました。これにより、雇用機会が創出され、収穫後の損失が削減され、食料安全保障が向上しました。冷蔵倉庫が無いままでは、収穫後の農作物のうち45%が腐敗により廃棄され、農家は約25%の年間収入を失っていました。

そして、コールドチェーンの革命はアフリカ全土にワクチンや血液製剤の、安全で素早い輸送を実現させています。米Ziplineはガーナやルワンダなどの国々において、自社開発をしたドローンを使って空から医薬品を届ける事業を行っています。温度管理が重要なこれらの医薬品を輸送することは道路整備が十分にされていない国において非常に困難なことでした。また電気や冷蔵設備が十分に整っていない病院においてこれらの医薬品を長期に在庫することも難しく、それは即ち、人々の命を助けられるかの結果に直結していました。Ziplineは温度管理が必要な医薬品を自社倉庫で貯蔵し、医師からの依頼に基づいて即座に必要な量だけ届ける事業をガーナ、ルワンダ、ケニア、ナイジェリア、アイボリーコーストにて展開しており、カバーする医療機関の数は10,000施設超、1,500万人以上にサービスを提供しています。陸路で4時間半も掛かる道のりをZiplineは空路でたったの15分で届けることを可能にするのです。

ビル&メリンダ・ゲイツ財団の資金提供による調査によれば、2019年の運用開始以来、ガーナにおいてワクチンの在庫切れを60%削減し、必要な患者がワクチンを受ける機会の損失を42%削減しました。また、重要な医療用品が不足している日数を21%削減し、それらの施設での薬品やその他の在庫の種類を10%増加させました。同様にルワンダでも67%の血液製剤の廃棄率を減らし、産後の出血による妊産婦の死亡率を51%削減しました。

このような事業には日本の企業も注目しています。豊田通商株式会社はアフリカにおける事業を多岐に亘って展開しています。2018年6月にシリーズC資金調達ラウンドにおいてZipline社に資本参画すると同時に業務提携を締結し、豊田通商グループの医薬品輸入卸販売事業会社であるGokals-Laborex Limitedが取り扱う医薬品をZipline社がガーナ国内の医療機関に届ける体制を築きました。

また、同社は、人口密度の低いアフリカ諸国や、米国の一部地域だけでなく、今後は日本の離島や過疎市域などへの空路を使ったスピーディなコールドチェーンの展開をZipline社の技術を用いて展開することを見据えており、2022年4月に長崎県五島市にて最初の医療用医薬品のZipline社製ドローンでの輸送サービスを開始しました。Zipline社のドローンには幾つかのタイプがありますが、Platform2というモデルにおいては着陸の精度が2 feet (60.96 cm)となっており、今後は都市部も含めて様々な場所に、温度管理が必要な商品を運ぶ手段として事業展開が期待できます。

最後に

ここまで、コールドチェーン構築がアフリカの地域にて生み出した様々な経済発展の事例を見てきましたが、「冷たい状態でモノを運ぶ」ことがもたらすインパクトは、そこに生きる人々を病から救い、食生活を豊かにし、経済的潤いを与え得る大革命であることが見て取れます。まだ、志半ばの事業や地域もあることから、今後の更なる事業拡大を期待してやみません。また、従来の考え方に囚われていると陸路でのトラックによる冷蔵・冷凍輸送や、飛行機を使っての同様の輸送を実現しようと考えますが、道路や給油所、そして空港設備など莫大なインフラ敷設コスト・時間を要する輸送手段ではなく、ドローンによる輸送にてコールドチェーン網構築を実現するという事例にはアフリカ地域における更なる事業展開はもちろんのこと、その他の国々において顕在化しているラストワンマイル輸送手段の代替として活用に大いに期待できます。

今後もアフリカ諸国におけるコールドチェーンの事業展開、並びに新たなドローンを活用した輸送の展開について注目していきたいと思います。本記事が同地域、及びコールドチェーン構築における事業検討をされている方々の参考になりましたら幸いです。

参考文献

デジタルトランスフォーメーション新規事業物流サプライチェーンドローンIoTAgriTech

著者について

今村 菜穂子(いまむら なほこ)一橋大学商学部卒業後、McKinsey&Companyにて事業戦略立案、新規事業立案及び実行、業務オペレーション改善など様々な経営コンサルティング業務を経験。丸紅株式会社にて中米・アジア・中東地域における事業投資業務に従事した後、スタートアップにて社長室長、執行役員などを歴任。現在は英国を拠点に各種コンサルティング業務の提供、事業立ち上げ支援等に従事。


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