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物流DX - AI活用と海外先進企業の挑戦

2024-3-14

今村 菜穂子 / Nahoko Imamura

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日本では物流業界を取り巻く環境は年々厳しさを増し、宅配便取扱個数は2015年以降増加の一途をたどる一方、その配達の担い手である道路貨物運送業就業者数は横ばいで推移しており、担い手不足が続いています。また、担い手の77%が40歳以上であるという中高年層に強く依存した業界構造になっており、高齢化が今後進むに連れて人材不足は更に深刻化することが予測されます。 そして、今年2024年4月1日から自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)が改正され、タクシー・ハイヤー運転者、バス運転者、トラック運転者の時間外労働時間や、勤務間インターバルに規制が掛かります。所謂2024年問題と言われ、危惧されている「物が運べなくなる事態」は正に現実味を帯びてきているのです。

【2024年問題】
2024年4月1日より自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)が改正され、タクシー・ハイヤー運転者、バス運転者、トラック運転者の業務に関わる総拘束時間や、時間外労働時間への上限規制の適用、また一日の継続した休息時間の設定に下限が設定されるなど自動車運転を伴う業務就業者の労働環境が大きく変化します。これに伴い、主に運送・物流業界に関わる就業者の総労働時間が減少することから、モノが運べなくなる「2024年問題」と呼ばれる事態が危惧されています。このような事態に対し、政府は置配の浸透や配達時間指定の緩和を促す施策の導入を決め、順次関連施策を実施していく方針を打ち出しました。また、運送・物流事業者は相次ぎ配達料金の値上げや、再配達の一部有料化などの取り組みを開始しており、運送・物流業界は今年、大きな転換期を迎えています。

この問題は2024年に限った問題ではなく、物流量が右肩上がりで増加していく一方で、配達可能キャパシティが減少していくという今後も変わらない状況に接し、我々は根本的な解決策を求めていかねばなりません。ITやロボット等の活用による極限まで配達プロセスの短縮と効率化。これらの課題は日本だけに限らず、世界中で起こっています。今回は、世界中で起こっている物流革命を追います。

世界で求められるオペレーションの自動化

米国における物流業界の改革は、労働者によるデモやストライキといったより強硬的な手段から進んできました。米アマゾンの倉庫労働者による労働条件や給与の改善や、解雇の取り消しを求めて複数回行われたデモは、Prime Dayなどの大型セール期間にも行われ、アマゾンのサービス継続を脅かし続けています。同様に米United Parcel Service(UPS)の配達ドライバーや倉庫作業員を代表する労働組合と企業側との間では、労働条件や賃金に関する交渉が継続して行われており、常にデモやストライキが起こり得る状況が続いています。

企業目線で見ると、オペレーションにおいて人による作業が介在する程、サービスの不安定化やコスト上昇のリスクを抱えることになります。特に、人による配達・配車という労働提供がサービスのコアとなっているUber EatsやDoorDashなどのフードデリバリー事業、及びUberやLyftなどのライドシェア提供事業においてはその影響は顕著です。

これらの企業の事業モデルは元々、労働者の隙間時間にその労働力を提供してもらうことを想定し、個人事業主としての配達・配車業務の担い手(ドライバー)との間で業務委託契約を締結し、単発の業務を依頼する形で労働力を確保するというものでした。しかし、ドライバーたちの労働環境改善を求めた声により、2019年米カリフォルニア州で、AB5として知られる法案がUberやLyftなどの配車サービス企業に対して、ドライバーを従業員として扱うように義務付けたことを皮切りに(※)、2021年に英ロンドンの最高裁判所においても、Uber等の配達・配車プラットフォーマーはドライバーを従業員と見做す必要がある、との判断がくだされました。

その結果、配達・配車プラットフォーマー各社は英国だけでなく、欧州広域において従来の業務委託契約を変更し、ドライバーに対し有給休暇、国民生活賃金(National Living Wage)、年金制度等の導入を開始しました。 人による作業を伴うサービスの運営は物流業界に限ったことではありませんが、安定したサービス提供とコスト低減において、人による作業を極力取り除いたオペレーション自動化の確立は最優先の課題であるのです。

AI・データ分析を活用した海外事例

このような世界共通の課題に対して、新たな取り組みが次々と開始されています。先ず、倉庫作業の効率化における策として英Ocadoの事業をご紹介します。英Ocadoはオンライン食料品小売業者で、傘下のOcado Solutionsを通じてオンライン食料品小売業務に使用される技術プラットフォームやソリューションを世界各国の食料品小売大手に販売しています。

特徴は、

  • 顧客注文の受付、在庫管理、ピッキング、配達スケジューリングといった注文受付から配達まで全プロセスを一貫してプラットフォームで繋げ、自動で情報処理することが可能なこと。
  • ピッキングは全てロボットにより行われ、その処理速度は一分間に約10点。また、商品の入庫作業も検品完了後は自動で行われます。
  • また、AIやデータ分析機能を活用し、顧客の嗜好や購買パターンを理解し、効果的な販売戦略の策定を支援する機能が搭載されています。
  • そして最後に、商品を入れたバスケットや、そのバスケットを搭載するフレームを統一し、バスケットをフレームの指定位置に載せると、後はフレームを押すだけで各種配達トラックに移動できる仕組みになっており、人の作業負担が極力低減される仕組みとなっています。

同時に、各顧客に商品を配達する際にも、配達するバスケットの位置が表示され、配達先住所や最適な配達ルートも自動で表示される為、人による調査・検索時間も削減されています。

次に配達時の効率化に役立つ技術として、先述の米UPSのORION(On-Road Integrated Optimization and Navigation)をご紹介します。ORIONは高度なルーティングアルゴリズムで、交通パターン、パッケージのサイズ、配達の優先順位などを考慮して燃料節約と配達時間の観点から最適なルートをドライバーに提案しています。2012年に導入が開始され、既に10年以上運用されているシステムでありますが、その有効性は運用期間が長い程顕著になっていると言えます。と言うのも、AIやデータ分析機能において重要な点は、その頭脳であるアルゴリズムと、分析対象であるデータです。

現在、高度なアルゴリズムが続々と創り出されていますが、実際にサービスインする際に問題となるのは、有効なデータの量です。米UPSは従業員54万人(2021年時点)、一日の配達個数は約2,500万個と言われています。このような規模で日々運営される配達情報を10年以上に亘り蓄積していることはルーティングの正確性を高めるデータベースとして、事業における大きなアドバンテージをもたらしています。

分析対象となるデータに関する事業を少し補足します。独DHLが提供しているResilience360というサプライチェーンリスク管理システムがこれに当たります。Resilience360はデータ分析とAIを活用して自然災害、地政学的イベント(イベント、デモ、事故等)、サプライヤーの障害などのリスクにプロアクティブに対処するのに役立つ情報提供をしています。既述のORIONにおける蓄積データの重要性に関連し、ルーティングアルゴリズムに分析させる対象としてこのような外部データを活用していくことも有効です。少し話が横道に逸れましたが、次に所謂ラストワンマイルと呼ばれる、顧客への配達自体を代替する技術革新はないか、という点に触れたいと思います。

“ラストワンマイル” 配達自動化の現在地

アマゾンの創始者ジェフ・ベゾスが初めて個々の荷物を空から届けると発表したのは約10年前ですが、残念ながら未だ実現していません。英ケンブリッジ市での実証実験は突如中断され、米国内での実証実験も100回を以って中断しました。これには安全性の確保と規制の緩和というハードルと共に、コスト効率性の問題があると言われています。現在ドローンで配達するコストはアマゾンによると一パッケージ484ドルと試算されていますが、今後はそれを2025年までに63ドルにまで削減するという目標を彼らは改めて公表しました。アマゾンのドローンによる空からの配達の実現について期待が高まります。

一方、地上における配達では、多くのベンチャー企業が、時に大企業と協力しながら自動運転配達ロボットなどの自律型車両の開発を進めています。自動運転には人の介在度に応じてレベルがあり、SAEインターナショナル(Society of Automotive Engineers International)によって定められていますが、配達業務において導入が現実化してきているのがレベル4です。

【SAEインターナショナルによる自動運転技術基準】
これらのレベルは、自動運転技術の進化を追跡し、人間と車両の役割と関係を明確にするために使用されます。

<レベル0:完全な人の制御>
- 車両の操作は完全に人間が行う。
- 自動運転機能は提供されていない。
<レベル1:運転支援システム>
- 車両は特定の機能において運転を支援する。
- 例えば、クルーズコントロールや車線維持支援など。
<レベル2:部分的自動化>
- 車両は特定の条件下で一部の運転タスクを自動的に行うことができる。
- しかし、人間の介在が必要であり、運転者は常に警戒する必要がある。
<レベル3:条件付き自動化>
- 車両は特定の条件下で自動的に運転を行うことができる。
- しかし、運転者が必要な場合に限り、運転操作に介入できる。
<レベル4:高度自動化>
- 車両はほぼすべての運転タスクを自動的に行うことができる。
- ただし、特定の状況下や環境での運転には人間の介入が必要である。
<レベル5:完全自動化>
- 車両はすべての運転タスクを完全に自動的に行うことができる。
- 人間の介入は一切不要であり、運転者の存在自体が不要となる。

2018年にエストニアと米国に本社を置くスタートアップStarship Technologiesが、英ミルトン・キーンズで自動運転ロボットによる商品配達を開始し、その後、英米の主に大学内における各種パッケージの配達を担っており、これまでに600万以上の配達を完了し、数千のStarship(自動運転ロボット)が毎日稼働しています。 米スタートアップNuroはWalmart、Seven&Eleven、Domino’sなどの食料品小売大手や宅配ピザ大手とのパートナーシップ締結と実証実験の開始を皮切りに、2022年には米Uberと10年間のパートナーシップ契約を締結し、自動運転車が実際に公道を使って、注文されたフードを顧客に届ける取り組みが開始されています。米テキサス州ヒューストンと、米カリフォルニア州マウンテンビューという、企業や大学、そして住宅が犇めく両地域でのサービスが順調に進めば、今後更にその活用地域が広がることが期待できます。

中国でも自動運転ロボット開発は進んでおり、Neolix、Alibaba Group、京東集団(JD.com)などがそれぞれ自動配達ロボットを開発し、配送センターなどの屋内はもちろん、大学や病院内の屋外私道での活用を開始しています。 日本では、スタートアップのZMPやHakobotが宅配ロボットの実証実験を進めていると共に、楽天・西友・パナソニックの三社が横須賀市や藤沢市、そしてつくば市において、地域のお店の商品をロボットが指摘の場所までお届けするロボットデリバリーの実証、及び一部事業化を実現しました。2023年12月にサービスは終了しましたが、今後の展開が期待されます。

人の介在を前提とした倉庫運営の高度化

ここまで、物流事業においていかに人による作業を削減するか。削減の為の新たな技術革新を追ってきましたが、取り扱う商品や倉庫形状、そしてコストの問題など様々な要因から人の介在を完全に排除することが出来ないケースは依然存在します。従って、最後に人が継続して作業することを前提とした場合に役立つ物流運営の高度化の事例について触れたいと思います。

住友商事株式会社が開発・サービス提供をしている倉庫運営高度化システム「スマイルボードコネクト」は、物流センターにおける個々の従業員の作業進捗を可視化し、その実績データを収集・蓄積・分析することにより作業効率性を上げたり、身体的負担となっている作業の改善に繋げたりと言った成果を生み出しています。注目すべき点はその活用の仕方です。住友商事では当該システムをSaaSとして一般に提供していますが、同時に自社の物流倉庫の現場でも活用しています。そこではロボットではない人だからこそ発生する、作業の「得意」「不得意」を見極め、配置転換をするという際に活用されていると言います。不得意な作業よりも得意な作業に転換する、それは個々人の作業効率性改善につながると同時に、精神的負担の軽減・幸福に繋がるものです。また、効率性の向上は個人の賃金上昇に繋げることも可能にします。

まとめ

物流現場では、長時間、単純・反復、過重な労働になる傾向が高く、就業希望者は不足し、高い離職率が続く業界となっています。しかし、物流業界は経済活動を支えている業界であり、この業界の衰退は、人々の生活を崩壊させると言っても過言ではありません。このような業界を安定して支え、携わる人々を幸せに出来るような技術革命が今後も生み出されていくことを期待し、その過程を引き続き追っていきたいと思います。本記事が関連領域で事業検討をされている方の新たな発想の展開や、課題整理に少しでも役立ちましたら幸いです。

(※)その後、Uber、Lyft、Instacart、DoorDashなどの企業は、アプリベースの労働者を独立請負業者として扱うことを許可するProp 22 (Proposition 22) の成立に1.8億米ドルを投下し、大規模なキャンペーンを展開しました。その結果、カリフォルニア州ではProposition 22が2020年に可決され、UberやLyftなどの企業は一定の条件下でドライバーを独立した契約業者として扱うことが認められました。

参考文献

デジタルトランスフォーメーション新規事業物流サプライチェーン

著者について

今村 菜穂子(いまむら なほこ)一橋大学商学部卒業後、McKinsey&Companyにて事業戦略立案、新規事業立案及び実行、業務オペレーション改善など様々な経営コンサルティング業務を経験。丸紅株式会社にて中米・アジア・中東地域における事業投資業務に従事した後、スタートアップにて社長室長、執行役員などを歴任。現在は英国を拠点に各種コンサルティング業務の提供、事業立ち上げ支援等に従事。


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