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Vertical SaaSとHorizontal SaaSの作り方の違い

2023-9-21

宮田 善孝 / Yoshitaka Miyata

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Horizontal SaaSとVertical SaaSの紹介

Horizontal SaaSとVertical SaaSについて改めて確認すると、Horizontalとは「水平」を意味する単語です。その意味の通り、勤怠管理やMAツールのような業界・業種に関係なく「人事向け」や「マーケティング向け」など特定の職種が使用するSaaSを指します。具体例として、Intuitが運営する会計SaaSのQuickBooksや、CRMの代表格のSalesforce、Maketing Automation を主軸に展開するHubSpotなどが挙げられます。

VerticalとはHorizonalの対義語で「垂直」を意味する単語です。Horizontal SaaSとの違いは業種ごとに特化した機能を持つ点です。その特性から「業界特化型SaaS」とも呼ばれます。例えば、バイオテクノロジー、医療機器メーカーなどのライフサイエンス産業に特化したSaaSを提供するVeevaや、建設業界向けに開発された建設プロジェクト管理SaaSのProcoreが挙げられます。

Horizontal SaaSとVertical SaaSから見たプロダクト開発

1.市場

まず、市場についてですが、Horizontal SaaSとVertical SaaSとあるように文字通りターゲットとする市場に違いがあります。Horizontal SaaSは人事やマーケティングなどの業種をターゲットにしますが、Vertical SaaSは製造業や物流など業界でターゲットを限定しています。この違いから2つほど、プロダクト開発に影響するポイントがあります。

1点目はプロダクトマネージャーとしての適正です。市場の違いから、Horizontal SaaSは業界横断で機能する「問い」の設定に重点を置くことになります。つまり業務を進めるに当たり、問題点や課題に焦点を当て、それらの原因を深く追求し、解決策を見つける「問題志向型」アプローチを採用することになります。

他方、Vertical SaaSは業界を限定しているため、より業務課題を解消する「アクション」に焦点を当てます。もちろん、Horizontal SaaSと同じく問題点や課題を特定することから始めるのですが、それらを解決する具体的なアクションやプラン、ソリューションに重きを置いており、「解決志向型」アプローチと言えるでしょう。

あくまで相対的な話ですが、このようなアプローチの違いからプロダクトマネージャーの素養も変わってきます。Horizontal SaaSは課題を深く分析し、洞察できる論理的思考ができ、客観的な視点や冷静さを持っている方があっていると言えます。Vertical SaaSは変化に柔軟で、想像力を持ってアイデアを出し、粘り強く実践できる方が向いています。

2点目はユーザー獲得なのか、リテンションなのか、どちらに力点があるかです。Horizontal SaaSは業種でこそ絞りますが、業界に対しては横断的に導入可能性があり、ユーザー獲得に重点を置いて展開します。他方、Vertical SaaSは業界を絞るため、対象となるユーザーが絞られます。そのため一度導入してもらえたユーザーの重要度が高く、リテンションに力点を置いて、プロダクト開発を進めることになります。

2.競合

次に、競合ですが、Horizontal SaaSには業種を囲い込んだ大型プレイヤーがいることが多く、さらに周辺プロダクトのM&Aを進めていく展開を王道とします。他方、Vertical SaaSは国内で業界を限定すると、TAMが限定的でそこまで大きなプレイヤーが出現しにくいです。

この競合環境の理解から、Horizontal SaaSでは、まだプレイヤーがいない業種を探し当てるか、すでに大型プレイヤーが提供している中から1つテーマを選び出し、より精度高く、うまく提供できるプロダクトを作りきるか、この2つが大きなプロダクト戦略の方針となります。Vertical SaaSはドメインを持っていることが前提になるため、参入障壁が高いです。そのため、じっくりプロダクトを作る時間があり、深く、そして広く作り込んでいくことになります。

3.ユーザー

3点目はユーザーに着目します。Horizontal SaaSは業界横断で使ってもらえるものになるので、規制などのルールが整備されており、必然性が高い環境が前提となることが多いです。他方、Vertical SaaSは業界に深く入り込み、プロダクトとして提供する範囲が広くなるがゆえ、フロント業務からバックオフィスへの連携まで提供することになります。特に、フロント業務の自由度が高くなります。

業務としての必然性が高い領域と自由度が高い領域という違いはどのようにプロダクト開発に影響するのでしょうか。規制やルールなど、業務としての必然性があれば、基本的にそれらを裏返せばプロダクトの設計になります。逆に必然性がなく、自由度が高い領域ではいきなりプロダクトの設計を行うことは難しく、まず理想の業務フローを考え、定義する必要があります。

また、Vertical SaaSを作るとき、業界個別のニーズは細かい仕様を生み出し、商品やサービスを表現しきれるデータベースの設計が根幹になります。つまり業務全体を俯瞰し、設計でき、かつ愚直に丁寧に積み上げていく開発を推進できるプロダクトマネージャーが向いていると言えます。

4.ソリューション

最後に、Horizontal SaaSは1テーマに研ぎ澄まし、業界横断で使ってもらえるプロダクトを志向するケースが比較的多く、プロフェッショナルサービスをオプションとして持っている企業は相対的に少ないです。

他方、Vertical SaaSは業界を決め、価値提供を行うため、そのスコープも広く、プロフェッショナルサービスの提供も厭いません。例えば、Vertical SaaSではプロフェッショナルサービスという名のコンサルティングを展開し、その中で実現した価値をプロダクトで実現していくという流れもあります。導入後、運用を代行することもあります。このように、Vertical SaaSではプロダクトだけでなく、プロフェッショナルサービスとの組み合わせによりユーザー価値の幅が広いのが特徴と言えるでしょう。

まとめ

Horizontal SaaSとVertical SaaSは同じSaaSと言っても、市場や競合の捉え方によって大きくプロダクトの方針が変わります。また、対象としている業務の範囲の広さや種類によっても、作り方が変わってきます。

SaaSのプロダクトマネージャーになると一言に言っても、Horizontal SaaSとVertical SaaSでは価値の出し方やプロダクトマネージャーとしての発想の仕方が変わってきます。本記事がSaaSの理解に留まらず、プロダクトマネージャーとしてのキャリア選択など、広く参考になれば幸いです。

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著者について

宮田 善孝(みやた よしたか)。 京都大学法学部を卒業後、Booz and company(現PwC Strategy&)、及びAccenture Strategyにて、事業戦略、マーケティング戦略、新規事業立案など幅広い経営コンサルティング業務を経験。DeNA、SmartNewsにてBtoC向けの多種多様なコンテンツビジネスをデータ分析、プロダクトマネージャの両面から従事。その後、freeeにて新規SaaSの立ち上げを行い、執行役員 VPoPを歴任。現在、Zen and Companyを創業し、代表取締役に就任。シードからエンタープライズまでプロダクトに関するアドバイザリーを提供。ALL STAR SAAS FUNDのPM Advisor、およびソニー株式会社でSenior Advisorとして主に新規事業における多種多様なプロダクトをサポート。また、日本CPO協会立ち上げから理事として参画し、その後常務執行理事に就任。米国公認会計士。『ALL for SaaS』(翔泳社)刊行。


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